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少し歩いて、繁華街の建物の地下の店に入った。
バーのようなその店のソファ席に座るように言われる。
「マスター、救急箱頼んでええか?」
さっきの男性の声に、ソファ席から彼を見上げる。
「吾郎ちゃん、また誰か拾ってきたん?」
店の奥からまた違う男性の声。
「ちゃうがな。喧嘩しとったんや。5対1でやりあっとってな」
照明の落ち着いた店で、若干薄暗い。
助けてくれた男性がかがみ、俺の顔を覗き込む。
「歯が折れてるわけちゃうな。唇切ってるだけや。これも痛いか?」
左目尻を触られて、痛みに顔をしかめると、
「痛そうやな。冷やした方がええわ」
そう苦笑いしたその顔を、俺は見たことがある。
「あ~ぁ、痛そうやな。これ使い」
「マスター、氷もくれるか?」
「あぁ、待っときや」
黒服の年輩の男性がテーブルに救急箱を置いて、また奥に引っ込む。
救急箱を開ける助けてくれた男性に、
「中林さん?」
と、問い掛けてみた。
俺の問い掛けに驚いて俺を見る中林さん。
「兄ちゃん、なんで俺のこと―」
そう言い掛けて、じっと俺を見る。
ジーッと見て、ハッと眉を上に上げた。
「アンタ!新幹線で会った―」
俺を見る指を差して思い出したようだった。
「はい。墨です。墨恭一郎」
「そやそやそや!墨君や!」
中林さんは豪快に笑う。
「まさかアンタやったとはな!なんや、大阪で再出発やったんちゃうんか?なんで三宮でチンピラと喧嘩しとってん」
中林さんはティッシュを消毒液で濡らして、俺の唇を手当てしながら問い掛けてくれた。
覚えてくれていたらしい。
「いや、財布落として…。たまたまさっきのに拾われて…」
「アイツら素直に返さんかったんか?」
俺は頷く。
「そら、気の毒やったな。そやけど、5人に1人で挑むんは無謀やったんちゃうか?」
殴られて、頭に血がのぼった。
あんな風になるのはいつぶりだっただろう。
「吾郎ちゃん、これでええか?」
マスターと呼ばれているその人が氷嚢を持って戻ってきた。
マスターは白髪で小柄の、眼鏡が印象的な男性。
「ありがとう。これで冷やさせて貰い」
マスターから受け取った氷嚢を、中林さんが俺に渡してくれる。
「すみません。ありがとうございます」
俺は氷嚢を受け取ろうと手を伸ばす。
その手を中林さんに掴まれた。
「指は大丈夫か?」
中林さんが、俺の右手をジッと見る。
「どうもなっとらんな」
右手は痛くない。
左手がヤバイ。
俺は左手を見た。
その仕草に、中林さんは気付いたのか、俺の左手を見る。
「あ~ぁ、切れてるし、腫れてるやんか」
マスターが先に反応した。
「もう一個氷嚢持ってくるわ」
マスターがまた店の奥へ走る。
中林さんが俺を見る。
「右手は庇ったんやな。シザー握る手」
そう言って中林さんは、ニヤッと笑った。
それは、無意識だった。
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