9. 救世主

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手当てをして貰いながら中林さんはこの店の常連で、マスターの柘植さんと同窓生だと教えてくれた。 「吾郎ちゃんはうちの常連。僕も吾郎ちゃんの店の常連や」 マスターが教えてくれた。 店内には誰も居なくて、貸切状態だった。 少し落ち着くと、ソファ席から6席ほど並ぶカウンター席に移動し、俺は中林さんとそこに並んで座った。 中林さんはいつも飲んでいるのか、マスターが赤ワインのグラスを出した。 「あっ、コイツ酒あかんねん」 俺にもそれを出そうとしたマスターに中林さんはそう言って止めてくれた。 「ホンマに?飲めそうな顔してんのになぁ。ほな、ええもん出したろ」 マスターはそう言って、カウンターから別のグラスとボトルを出した。 注がれたそれは赤ワインに似ている。 そのグラスを俺のテーブルに出してくれた。 「ぶどうジュースやけど、並んで出しててもわからへんやろ?」 マスターにそう言われて、中林さんのワインと比べても見た目からは確かにわからない。 「よし、再会に乾杯や」 中林さんがグラスを持つ。 俺も慌ててグラスを持つ。 マスターもグラスに少しワインを注ぎ、グラスを持った。 「乾杯」とグラスを軽く掲げて、それを飲む。 一口飲んで独特の香りを感じた。 「これ、ワイン用のぶどうで作ったジュースですか?」 「おっ、よくわかったなぁ。そや、これは神戸のカベルネ・ソーヴィニヨンって言う黒ぶどうを絞ったジュースや」 その説明を受けて納得した。 「なんや、味でそんなんわかるんは、ホンマは酒飲めるんちゃうんか?」 「いや、今はホントに飲めなくて…」 中林さんの問い掛けに答えた。 「昔は飲んどったんか?」 「はい。友人が酒屋してて、若い頃は色んなのを飲みました」 「ほぉ~。好きやったのに飲まんくなるは、どえらい失敗したか、身体が受け付けんくなったかやな」 中林さんがドンピシャで当ててきた。 カランカランッ…とお店の扉が開いた音がした。 「マスター、こんばんはぁ」 やって来たのは年齢高めの派手な女性2人組だった。 「あっ、吾郎さぁん!久しぶりやんかぁ」 「ホンマや吾郎ちゃんやぁ」 女性二人は中林さんも知ってるようだった。 「久々やな。景気どうや?」 「あんまりよくないわぁ。こんな早い時間に帰されるんやもん」 「ほぅか」 女性二人と中林さんの会話を見ていると、片方の女性が俺に気付いた。 「あら、吾郎ちゃん。若い子とサシ飲み中?」 「ホンマや!怪我してるけど男前の男子やんかぁ」 二人が俺を見る。 「アナタいくつ?」 「お姉さん達と飲む?」 二人は俺に問い掛けながら、近寄ってくる。 「いや、俺は遠慮しときます」 そう返したが、聞こえてないのか、 「若い子がいいかもしれへんけど、たまには歳上と過ごしたら世界観変わるで~」 「そうそう。若い子にはないもんいっぱい持ってるから」 囲まれてしまう。 「アタシらと遊ぼうかぁ」 「楽しませたんで」 化粧の匂い、甘い香りとアルコールの匂い。 「もう止めとけよ」 中林さんが二人を止める。 「二人とも、こっちに用意したから、絡んでんとおいで」 マスターもテーブル席に二人を呼んだ。 「うぶなんやなぁ」 1人に肩を触れられて、思わず身の毛がよだつ。 やって来た吐き気に、 「おい、大丈夫か?」 中林さんが気付いた。 俺はここで吐くわけにはいかないと、店を飛び出した。
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