9. 救世主

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扉を開いて、階段を駆け上がり、地上の空気を大きく吸った。 店内とは違う冷たい空気。 何とか吐かずに済んだ。 肩で浅い呼吸を何度もする。 「恭一郎、大丈夫か?」 階段を上がって様子を見に来てくれたのは、中林さんだった。 俺は地下の階段の前で踞っていた。 「…大丈夫、です。すみません…」 俺はそう答えた。 中林さんは濡れタオルを差し出してくれる。 「…すみません」 それを受け取り、額に当てた。 「悪かったな。アイツらの悪のりや」 「いえ、俺の方こそすみません」 「アンタが謝ることなんかない」 「いや、感じ悪すぎますよ。すみません」 「そんなん気にする女らちゃうわ。無駄に歳いってないから気にすんな」 思わず少し笑ってしまうと、中林さんも笑ってくれた。 暫くその場に居て、気分が落ち着いたところで立ち上がる。 「大丈夫か?」 「はい。すみません。ちゃんと謝って帰ります」 「おっ、あっ、そうか…。いや、でもどこに?」 「大阪です」 「大阪のどこ?」 場所を言うと、 「…終電終わったで。まぁ大阪駅までは帰れるかもしれへんけど」 と告げられた。 「えっ!?」 スマホを出して、時間を見ると、24時前だった。 ビックリした。 「もうちょい早く言うたったら良かったな。ごめんやで」 「いえ、そんな…」 完全に自分に落ち度がある。 「大丈夫です。漫喫か何かで過ごします」 俺の言葉に中林さんは心配そうに俺を見る。 「さっき、財布の中身はちゃんと確認してみたんか?」 そう言われて、財布が返ってきたことだけで安心して中身を確認していなかった。 ポケットから財布を出して中を確認する。 「あっ…」 クレジットや免許証等はあるものの、小銭以外の現金は抜かれていた。 「やられた…」 中林さんは俺の財布を覗き、 「現金だけ抜いてったか」 と呟いた。 まぁ、クレジットがあれば何とかなるだろう… 「すみません。ここ、クレジット使えます?」 俺の問い掛けに中林さんは笑った。 「大丈夫、あれは俺の奢りや」 「いや、そう言うわけには…」 「若いやつは甘えりゃいいんや」 中林さんはそう言って俺の肩を軽く小突いた。 「よし、わかった。俺に着いてき」 「えっ?」 「安心せぇ。大丈夫や」 中林さんはそう言って階段を降りていく。 バーの扉を明けて、 「マスター!帰るわ。今日の分は全部俺につけといてや。その子らの分も」 椅子に掛けていたジャケットを取りながら中林さんが言った。 女性二人は歓声を上げる。 ジャケットを着る中林さんを扉の前で待っていると、一番奥のテーブルに座る女性達が俺に気付いて遠慮がちに手を振った。 「すみませんでした」 頭を下げると、 「ごめんね。悪気はなかったんよ」 「怖がらんとってね」 と二人は申し訳なさそうに言った。 こちらが申し訳ない。 「また、良かったら、来てや」 マスターは俺と中林さんを見送ってくれた。 「ほな、行こか」 中林さんに着いて行った先は、そのバーから数分歩いたマンションだった。 「あの、ここは?」 「俺の自宅や」 「えっ!?」 「うちに泊まったらいい」 「いや!さすがにそれはっ!!」 「若いもんが遠慮すんな」 「いや、でも!こんな時間に申し訳ないです!」 「大丈夫や。独り身や。気兼ねなんかいらん」 中林さんはそう言って自宅に招き入れてくれた。
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