9. 救世主

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自分の話を話すのは苦手な方だと思う。 内容が内容なだけに、誰かに簡単に出来る話でもないし、振り返って聞いて欲しい話でもない。 心療内科の先生に半年以上掛けて話したことを、中林さんに一晩で話せたのは、なぜだかわからない。 友達に話す感じでもなく、九条先生に聞いて貰うでもなく、真白に話すでもなく…不思議な感覚だった。 相手がどんな素性の人間かなんてわからないのに、心開けたのは何なのか。 中林さんはどうかわからないけれど、俺は赤の他人を信用する人間でもない。 だけど、藤木さんに感じたみたいに、いや、それ以上に、俺は中林さんに惹かれたんだと思う。 「恭一郎、ホンマに惚れた女はな、一生忘れへんで」 話を聞き終えた中林さんの第一声はそれだった。 仏壇に目をやり、中林さんはきっと奥さんを思って目を細めたんだと思う。 「今は、会えんくても、生きてたら会えるで」 俺の目をしっかり捉えて言う。 「…でも。会える気がしません。離れた時はいつかって思ってました。でも、時間が経つにつれて、裁判にもまともに立てない自分に―」 中林さんは話を遮るように首を横に振る。 「会う資格ないと思てるんやろ?」 そうだ。 俺は真白に会う資格もない。 「資格がないんやったら、その資格を勝ち取ったらいいんや。何か目標をつけて、一所懸命頑張ったらいい」 「目標…」 「そうや。俺かて、水穂子や凛太郎を死なせてもうて、あの世で会う資格なんてないかもって悩んだで。でも、一所懸命生きて、会って貰えるように頑張って生きとんねん」 中林さんは優しく微笑む。 「俺は死んでからじゃないと会われへんけど、恭一郎は違うやろ?彼女は生きてこの世に居てくれとる。いつか会いに行ったらいい」 高熱でうなされた彼女の手の甲に、キスをしたことを思い出す。 「会いに行けるとこに居るのに、会いに行かへんのは、勿体無いで。別に直接顔合わさんくても、一目見るとかそんなんでもええやん。何か自分にご褒美用意して生きていけ。そやないと、光なんて見えへんやろ?」 「いや、俺が今することは、裁判で―」 「ちゃうやん。それは彼女の為を思って自分を奮い立たせたんやろ?そうやない。自分へのご褒美や。自分の為に動くんや」 中林さんとは明け方近くまで話をした。 “自分の為に生きろ。誰かのためではなく、自分の人生を大事にするんや” 話の中で何度も言われた。 俺は、自分を大切にしていないのだろうか。
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