10. 導かれた居場所

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「お前、何言うとんねん!?」 バックヤードに響く怒号。 多分、いや、絶対店内にも聞こえてる。 昼前に寮に戻った俺は、そのまま風呂に入って仮眠を取り、早目に出勤した。 店長に退社の意向を話す予定が、まさかのオーナーも視察に来ていて、同時報告となった。 誰よりも先にオーナーが反応して、冒頭の怒号。 「勝手を言って申し訳ありません。一身上の都合です」 怯むと余計に怒鳴られる。 俺は淡々と伝えた。 「なんや顔傷だらけで来たかと思ったら、辞めたいですって何やねん。おまえいくつや!?バイトちゃうねんぞ?」 肩を物凄い勢いで押される。 「オーナー、もうちょい声のトーンを…」 諭そうとする店長を睨み付けて側にあったパイプ椅子を蹴り飛ばしたオーナー。 ビビる店長。 ノックの音がして、顔を出したのは森野さん。 「店長、指名予約のマジマ様がいらっしゃいました」 森野さんの声掛けに、申し訳ないと言いながらいそいそ出ていく店長。 なぜか代わりに残った森野さん。 バックヤードの空気は重い。 「何が気に食わんねん」 「…いえ」 「気に食わんことあるから辞めたいんやろ!?」 一身上の都合では退社は認めて貰えないらしい。 「…私は美容師なので、お店では心を込めて施術は行いますが、プライベートな時間まで使ってそれ以上のことは出来ません」 俺の言葉にオーナーは鼻で笑う。 「なんや、偉い真面目やのう。うちの店はな、ヘアサロンだけちゃうんや。キャバもホストクラブも他も抱えとんねん!いわばみんなグループみたいなもんや!同じ仲間の会社の人間を気持ちよう働けるように協力せいって言っとんねん!わかるか?」 「ですから、気持ち良く出勤出来るように店内では対応しますが、それ以外は」 「お前も男やろがっ!勿体ぶってんと、ちょっと相手したったら働きよるんじゃ!!金取るわけちゃうねんからええようにせぇやっ!!」 無茶苦茶だ。 この店を選んだ自分に激しく後悔をする。 「何、すかしとんねん!あぁ!?」 バシバシ押して壁際に追い込まれた俺の間に入って来たのは、意外にも森野さんだった。 「オーナー!オーナー!ストップ!ストップ!」 彼は軽いノリで入って来る。 「なんや、森野。お前は引っ込んどれ」 俺を壁に追い詰めたまま、オーナーが森野さんに言う。 「いや、オーナー、彼には無理ですって」 「はぁ!?」 「腕はいいんですよっ。そやけど、女の子はアカンみたいです」 「何言うとんねん!?」 森野さんは俺の様子をチラチラ見ながら、オーナーに耳打ちする。 「…女があかん?」 呟いたオーナー。 その一言で、森野さんがまだ壮大な勘違いをしていることに気付く。 「だから、オーナー。彼には無理っすよ。草食動物に牛肉与えても食えんでしょ?」 森野さんの一言で、オーナーが俺から手を離した。
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