10. 導かれた居場所

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その日の夜、俺は大阪に来てはじめてお好み焼きを食べた。 池本さんお手製のお好み焼きは、人生で食べたお好み焼きの中でダントツ旨かった。 翌日のこともあるからと、二人に説得されてもう一日泊めさせて貰った。 パリから帰国して久々の二人の時間だっただろうし、時差もあるのに申し訳ないと思いながらも、二人の言葉では表現出来ない温かさに心地好さを感じた。 翌日の昼過ぎに池本さんに連れられて、俺は茶屋町の彼女が勤めるサロンに同行した。 藤木さんはご機嫌に見送ってくれた。 いつもは自転車出勤らしいけど、俺が居るからと電車で向かってくれる池本さん。 「色々世話になってすみません」 「ええんよ。気にせんとって下さい。それからその敬語もなしで。私、年下やし」 地下鉄の中で、二人で話す。 「剛とは、沢山話した?」 「それなりに…」 「仕事のこと、何か言ってた?」 彼女の表情が少し不安気に見えた。 「ホンマはね、剛にこのスタイリストの話をすすめてたんよ」 「えっ、あっ、ごめん!」 「ううん!違うねん!そんな意味違うくて…。どこかに正社員で雇って貰ったらいいのに…なんかしやんのよ…」 「理由があるの?」 「う~ん…。前は正社員でやってたんやけど、オーナーと折り合いが合わんくなって…。尊敬できる人間にしか雇われたくないんやって」 「へぇ…。でも、今日紹介して貰うオーナーはめっちゃいい人だって、藤木さん言ってたけど?」 「…いい人ってことと、尊敬は別らしいねん」 池本さんの表情を見て、彼女はきっと藤木さんに落ち着いて貰って、結婚したいんだろうと思った。 真白のいつかの表情に似ていた。 地下鉄の車内で並んで立っていた。 停車駅で人が沢山乗り込んできて、一瞬不安になるも、ドンッと押された池本さんがバランスを崩したのを、咄嗟に手を出して支えた。 「ありがとう。助かったわ」 俺の手を取り体勢を整えた彼女はすぐに俺の手を離した。 真白もそうだったけど、背が低い女性は、満員電車の中だと辛いだろうなと思った。 彼女の若干後ろに立ち、彼女が立ちやすいように彼女の空間を守る。 なぜ、彼女に抵抗がないのかわかったような気がする。 真白と同じような背丈で、彼女と同じ優しい香りを感じた。 そして多分、俺に一切興味がないところが、なぜか安心したんだと思う。 茶屋町にあるヘアサロンの外で、俺は先に入った池本さんを待った。 先に店長に話をしてくれるとのことだった。 暫く外で待っていると、池本さんと恰幅のいい60代くらいの男性とが外に出てきた。 俺を見つけてすぐ挨拶をしてくださった。 「墨さん、ごめん」 池本さんは申し訳なさそうに俺に手を合わせる。 「いや、来て貰ったのに申し訳ない。スタイリストの空きは、池本がパリに行って貰ってる間に埋まってしまったんです」 男性はそう言いながら俺に名刺を渡してくれた。 俺は名刺を受け取り拝見する。 『代表取締役 原谷 治』と書かれていた。 俺は驚く。 店長にしては、年齢高めだと思ったが、まさかオーナー自ら出て来て貰えるなんて思わなかったからだ。 「いや、それはもう!大丈夫です!すみません、お時間取らせてしまって」 謝る俺に、 「いやいや、履歴書も見せて貰ったんです。イデアルにお勤めやったんですね。新城さん、お元気ですか?」 まさかの新城代表と繋がっているとは… 「あっ、はい。僕が最後に会った時は元気でした」 「彼がこっちに進出するかもしれへんって、色々話させて貰ってたんですけど、流れてしもて…。まぁ、身内に足引っ張られた感じで可哀想で…」 俺がそれに関係あるとは夢にも思っていないだろうと話を聞いた。 ここは止めておいた方がいい。 あっさり引き下がろうと思った。 「まぁ、彼は経営者として腕もあるから、落ち着いたらまた元に戻ると思うけど…。あなたも若いのに大変やったなぁ…」 イデアルは、萩山麗美の事件が表沙汰になった影響で客足が遠退き、数店舗店を閉めていた。 俺をその退職者だと思ったのかもしれない。 池本さんがこちらを見ていて、この話題を変えたかった。 「あの、またご縁があれば伺います」 そう切り上げようとしたら、 「いやいや、折角やから、他で良かったら店を紹介しましょか?」 と原谷さんが言う。 「いや、そんな!俺ごときの為に…」 「いやいや、あなたみたいな腕のあるスタイリストを欲しがってる店はようさんあるさかい」 「いえいえ、そんな腕があるわけでは…」 どんどんハードルが上がっていってる気がする。 「神戸とかでもいいですか?」 「神戸?」 「後輩がやってる店なんですけど、もし興味あったら覗いてみたってください」 ポケットから出したカードを差し出される。 俺はそれを受け取った。 「私の名前出してくれてええですから」 「いや、そんなこと出来ません!」 原谷さんは豪快に笑う。 「まぁ、仕事を探す候補の1件にしてくれはったらいいから。折角来て貰ったのにタダで返せませんから」 こんな俺にもサービス精神を見せてくれるところに、新城代表と似た部分を感じた。
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