10. 導かれた居場所

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俺は中林さんに雇われて“56”に勤めることになった。 寮や住宅手当てを出せない代わりに、嫌じゃなかったら、落ち着くまで中林さんの自宅の1室を貸してくれると提案された。 4畳半の納戸みたいな部屋だけど、余裕で寝られる。 家賃水道光熱費はタダ。 東京のあのハイツを、まだ手離せないでいたから、正直助かった。 歳の差、39歳の奇妙な同居生活は、案外すんなりと馴染んだ。 仕事場でもプライベートでも中林さんと一緒で、状況を電話で話した大竹にも、連絡を取り合う関係になった藤木さんにも、 「窮屈しないか?」 と心配されたものの、一切そんなことはなかった。 自分より歳上の男と暮らすなんて、母親の再婚相手と暮らして以来。 確かにはじめは構える部分もあったけれど、それはホントに初めだけだった。 中林さんのルーティーンは俺にピッタリ合ったのかもしれない。 はじめは遠慮もあったけれど、日に日に素で接することが出来るようになってきた。 中林さんのことを吾郎さんと呼ぶようになり、好きな物や嫌いな物を把握するのは、すぐのことだった。 日常が落ち着いていた時期に、九条先生から連絡が入った。 裁判の日にちの知らせ。 前回のこともあるから、出廷はせずに、全て九条先生に任せることも出来る話だった。 迷う気持ちはあった。 行かないことは、闘いを放棄するような気がする。 だからと言って、あの場に立って、また話せるかと言えば自信はなかった。 だけど、自分の気持ちを公の場で話せるのは最期のチャンス。 萩山麗美に自分の被害を俺の口で話せるのは、最期のチャンスになる。 だから、迷った。
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