11. 意見陳述

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―土曜日、吾郎さんと約束した通り、二人で淡路島に海釣りに出掛けた。 吾郎さんの車を俺が運転して、市内から1時間もしないくらいで吾郎さんオススメのスポットに到着。 海が綺麗な岩場で、初心者の俺にも釣れそうな予感がする。 「いいとこですね」 「俺の穴場や」 車から道具や荷物をおろして、吾郎さんが手際よく準備するのをどうしたらいいかわからず側で眺めていた。 「吾郎さん、俺、何しよう?」 「これ、アンタのやからやってみ」 渡された釣具。 どうやって持つんだ? その様子を見て吾郎さんは笑う。 「サロンでの動きは最高やけど、ここでは使い物にならんなぁ」 大爆笑の吾郎さん。 「仕方ないでしょ、初心者なんだからっ」 大笑いしながらも、吾郎さんは丁寧に教えてくれた。 二人で釣竿を持って並んで座る。 吾郎さんは始めて10分もしないうちに釣れだしたのに、俺にはかからない。 「おっ、また来たわ」 グイグイ釣り上げる吾郎さん。 「何の違いですか?」 「腕やろ」 そう言われたら身も蓋もない。 暫くして、吾郎さんの当たりも止まった。 「吾郎さん」 「ん?」 「何であの店“56”にしたんでんですか?」 「うん?う~ん…」 少し遠目になる吾郎さん。 「息子の凛太郎がな、書いてくれたんや」 「凛太郎君?」 「俺の名前を4歳くらいの時に平仮名で書くの難しいって泣いたから、水穂子が数字で書いて見せたんや。数字は覚えとったから。それで、俺の絵を描いてくれたら必ず“56”って書いとった」 顔が少し綻ぶ。 「なんや嬉しくてな。それで“56”にしたんや」 「思い入れがあったんですね」 「そら、自分の店やから思い入れもあるがな」 バカなことを聞いてしまった。 「どこの店かて、意味あるんちゃうか?まぁ、インスピレーションもあるやろうけど」 「ですね…」 「俺は愛しさを込めて決めたんや」 そこで働く以上、この話を聞けて良かったと思った。 「なぁ、恭一郎」 「はい」 「アンタは店持つ夢とかないんか?」 「いや~…考えたことないですね」 即答すると、吾郎さんはこちらに顔を向けた。 「考えたことないんか?」 「はい」 「1回もか?」 「ないですね。俺、ずっとイデアルに世話になるつもりで、新城代表の側でと思ってましたから」 目を丸くしたまま、吾郎さんは俺を見ていた。 「その新城さんは、余程魅力的な人間やったんやな」 「憧れてました…」 俺の中で、初めて尊敬した人間で、カッコいいと思った同性だった。 「向こうも、アンタのこと、可愛がっとったんちゃうか?」 「すごく良くして貰いましたよ」 「…お互い辛かったやろ」 息を吐くように沁々と言った吾郎さんの言葉が、沁みる。 新城代表は、最後まで俺を裏切ったりしなかった。 実の妹を庇いたい気持ちもあったはずだ。 会社を守るために、表に出ない選択もあったはずだ。 それでも俺を、助けてくれた。
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