11. 意見陳述

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「新城代表は、裁判でも、実妹の不利になる証言もしてくれました」 「うん…」 「なのに、俺は、そこでほとんど話せずに発作を起こしたんです」 「…」 「ヘタれで、自分がイヤになる。次の裁判が自分の言葉で話せる最期のチャンスなのに…それも、立てる自信がない…」 釣竿を握り締める。 波の音、潮風、それを感じながら暫く言葉を交わさない時間の後、 「……なぁ、恭一郎。俺はお前のことヘタレなんて一ミリも思わへんで」 海を眺めながら、吾郎さんはしっかりした声で言った。 「PTSD抱えて加害者と同じ空間になんか、ヘタレじゃ行けへん。俺は、水穂子と凛太郎が死んだ自宅に5年は近づかれへんかった…」 ビックリして、俺は吾郎さんを見た。 吾郎さんもチラッと俺を見る。 「新幹線でアンタに会った時、昔の自分を見てるようやったって言うたやろ?俺も昔、PTSD経験してるんや。だから、あれが発作やってすぐわかった」 吾郎さんはそう言って、竿を一度戻した。 「たまたまやったんや。店の空調が故障して、寒い時期やったから次の日の営業に間に合うようにメーカーに頼んだんや。閉店後来て貰って…結構大掛かりな修理になってもうて…」 戻した竿を岩場の地面に置いた。 「遅くに家に帰られたんやけど、店のビルの管理会社から連絡あって、今度は水漏れしてるって。慌ててバイクで店に行ったんや。空調の修理の時に、配管キズ付けた可能性があって、朝一修理になって…仕方なく店に泊まることにした」 阪神大震災の発生時刻は確か…朝の6時前。 「事務所のソファで毛布にくるまって寝てたら、ドドーンって地響きみたいな音と大きな揺れに飛び起きた。何が起きたかわからへんかった」 5時台だったと記憶してる。 「揺れがおさまった後に、外に出て、周りの様子や会話から、やっと地震やって理解できた。慌ててバイクで家に戻ったけど、倒壊しとった」 鼻をすすり、息を吐く吾郎さん。 「恐かったやろうなぁ…。助けてもやれんかった。水穂子が、凛太郎抱いた状態で…あの揺れの中、水穂子はどんな思いで…」 そう言って言葉を詰まらせた。 「吾郎さん…」 俺の呼び掛けにハッとしたように息を吐き、サングラスの下の涙を拭った彼は、ハハッとかわいた笑いで誤魔化した。 「すまん。感情的になってもうた」 釣竿を持ち上げる。 「…なぁ、恭一郎。俺はな、大事な家族を守ってやれんかった。その後悔と悲しみから何年も抜け出せへんかった」 そして釣竿をまた海へと向ける。 「アンタと俺との状況は違う。そやけど、傷付いた気持ちを経験した俺から言わせれば、恭一郎はよう頑張っとぉで」 どうしてだろう…。 誰に責められたわけでもない。 みんなに優しくされて、 傷付いたはずの真白にさえも、あんなに気を遣わせて…。 俺なんて、何も出来ていないのに…。 吾郎さんの言葉が胸にくる。 「発作が起きるのは、ヘタレやからちゃう。甘えでもない。弱さでもない。一生懸命自分自身が闘ってるんや」 ギュッと両手で握っていた釣竿。 片手を離し、思わず手を顔に当てて下を向いた。 グッと堪えていたものを吐き出すように、嗚咽と涙が溢れた。
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