11. 意見陳述

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吾郎さんは釣竿を置いて、泣く俺の側に寄り、俺の背中を擦った。 そうされれば、また胸に込み上げてくる。 必死で抑え込もうとするのに、 「我慢せんでええねん。泣いたらええ。俺しかおらんがな。誰も見てへん」 そう言われて、ギュッと押さえていた手を顔から離した。 ポタポタと大粒の涙が溢れる。 「…子供を…どうすればいいかわからない…っ……」 吾郎さんの腕を掴んで思わず出た。 「本当に…責任はないのか……完全になかったことにして……生きていけるわけが…ないっ」 不安で不安で仕方がない。 いつか会いに来られたらどうしよう。 いつか自分の前に現れたら… 「恭一郎は、優しいなぁ…」 背中を擦りながら、そう呟いた。 「それは、向こう側が考えることや。それが贖罪や」 「でも…」 「気持ちはわかるで。そやけど、向こうは当人夫婦はもちろん、その新城さんも恭一郎の親父さんもおるんやろ?それだけ大人が周りに居たら、最悪なことにはならへん」 「だけど!」 「わかるでっ!保証なんかない。そやけど、子供は1日2日で育って大人になるわけちゃう!今すぐどうなるわけちゃう!」 それは…そうだけど…。 「恭一郎…お前の気持ちだって成長していく。未来を悲観するな。誰かの為やなくて、自分の為に生きて、自分の為に最良やと思う選択を丁寧にしていったらいいっ!」 「…今まで…散々失敗してきた…」 「ホンマか!?全部失敗やったか!?」 バッと両手で顔を挟まれて、グッと顔を上げられた。 至近距離で目が合う。 「一度の大きな失敗で悲観してるんとちゃうか!?」 そう言われて、あの夜が全てを壊し、崩壊させたことに気付く。 イデアルで生きていく未来も、 新城代表についていく未来も、 母や弟の未来も、 そして真白との未来も…。 「大丈夫や!恭一郎は何も間違ってないでっ!」 じゃぁ…どうして… どうしてこうなった? 「神様は時として、驚くほどの無理難題試練を与える。無情で、不公平やと思うこともある。これに意味があるんかは俺にもわからん!そやけどな、もがいて足掻いて生きるんや!」 吾郎さんも、そう思って生きてきたんだろうか。 「…過酷」 「そやな…。やから、自分のその時のベストで生きていけ。恭一郎のペースで」 サングラスの先に見える吾郎さんの目が潤んでいるのがわかる。 その目を離せなかった。 「恭一郎…彼女はそれを願って突き放したんちゃうか?恭一郎が、潰れてしまわんように… 」 “私を解放してください…っ” 真白のあの言葉の深さは、日に日に感じていた。 「ええ女やな」 口角を上げて笑う吾郎さん。 俺の顔から手を離し、バシッと肩を叩いてくれた。 上着の袖で涙と鼻を拭った。 「離れてくれてホッとした自分が居たはずなのに…今は、苦しいほど会いたくて会いたくて仕方がない…」 「会いに行ったらええがな」 釣竿を拾い上げて、大きく竿を振り下ろした。 「生きてるねんから、会おうと思えば会える。そうやろ?」 優しい顔で問い掛けられた。 「…気持ちの整理がついたら」 「それでいいんちゃうか?」 微笑む吾郎さん。 吾郎さんの境遇が、俺の凝り固まった思考を和らげた。 「恭一郎、それ引いてるんちゃうか?」 言われて、釣竿にヒットしていることに気付く。 慌てて釣竿を持って立ち上がる。 「引け引け!ラインの角度は90度意識してや!ほら!」 言われても意味がわからないけれど、必死に引き上げる。 間もなく釣り上げたのは20センチくらいの青魚だった。 それでも、何か嬉しくて、吾郎さんとハイタッチした。
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