11. 意見陳述

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その日釣れた魚は、結局俺はあの一匹だけ。 クーラーボックスには吾郎さんが釣った魚で埋まった。 帰りの車の中で、何がいけなかったのか聞いてみる。 「ルアーの差ですか?」 「アホ、腕や」 「えーっ、わかんねぇ」 帰ったら魚を捌いてくれるらしい。 楽しみでしかない。 「なぁ、恭一郎」 「はい?」 明石海峡大橋を真っ直ぐ快適に運転しているタイミングで、吾郎さんが俺を呼んだ。 「アンタ、自分の店持たへんか?」 「えっ?」 意味がわからない。 「“56”の後に、あそこで店持たへんか?」 「いやいやいや、無理ですよ。俺、経営の知識ないですしっ!俺の出身高校の偏差値ヤバいですからね」 「経営は偏差値ちゃう」 「いや、だから、学習能力は極めて低くて―」 「恭一郎!!」 大きな声で俺の言葉を遮断する。 「俺もそんなええ学校出てへん」 何を言うかと思ったら、何のカミングアウトだよ…。 運転中に話す話じゃない。 「やけどな、やる気が大事なんや」 「いや、でも、俺、ホントに何もわかんないし」 「“56”を閉めた後のことを最近考えるんや。そしたら、なんかポッカリ心に穴が空くような気持ちになる…」 「まぁ…わかるような気もします」 「ほんなら、その後に若い奴があそこを盛り上げてくれたら―」 「“56”は吾郎さんの店ですよ」 「そうや。誰が“56”やる言うた?誰にもやらん」 「えっ?」 吾郎さんの話は、店を閉めた後、あそこで新しく店を築かないかと言う話だった。 「駅前直ぐでもなければ、目立つようなビルでもないけど、なかなかいい雰囲気のビルやろ?まぁ、人気店にしよう思たらちょっと大変かもしれへんけど、一から内装変えたら、6セットは入れられる」 「吾郎さん、やるって言ってませんから」 「誰も知らん人間に貸したり売ったりするんやったら、俺はアンタがいいなぁ」 勝手に夢を膨らませる吾郎さん。 「面白がって言うてるんやないで?恭一郎の腕を見込んでの話や」 渋滞なくスムーズに帰宅出来たのに、帰りの話が衝撃過ぎて帰りの運転が一番疲れた。 「まぁ、考えといて」 と軽く言われたから、あんまり深くは考えないで置いとくことにした。 てか、無理だから。
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