11. 意見陳述

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店の話はともかく、吾郎さんとの話は俺の気持ちに少なからず変化をもたらした。 大失敗をおかした俺にとって、この先の選択は絶対に間違ってはいけない。 正解を選ばなければならないと思っていた。 だけど、その正解が何なのか、選択がどれなのかもわかっていなかった。 吾郎さんと話したことで、 今の自分に出来るベストを選択すればいいんだとはじめて思った。 正解を選ぶために無理をしようとしていたけれど、ベストを選択することで、自分に少し優しくなれた。 その都度、その都度のベストを… そうすれば、正解の見えない正解に近づけるかもしれないと、思えたんだ。 季節は秋から冬になろうとしていたある日、俺は吾郎さんに休みを貰って、東京へ戻った。 時間に余裕を持って、裁判所の近くに向かった。 近くの公園広場のベンチ。 そこで待っていると、時間通りに現れた九条先生。 立ち上がり、挨拶を交わす。 そして俺は、上着の内ポケットから封筒を1枚出した。 「宜しくお願いします」 両手で九条先生に渡す。 「確かに、お預かりします」 九条先生が両手で受け取ってくれた。 意見陳述書。 俺は、公判に出ないと決めた。 その代わり、意見陳述書を九条先生に預けることにした。 自分の今のベストな闘い方だと信じて。 「郵送でも大丈夫だったのに…」 「いえ…手渡ししたかったんです。すみません、お忙しいのに」 「いやいや、そんなことはないけど…。ここまでも来るのも辛かったんじゃないかと思って」 裁判所と、目と鼻の先の場所。 「いえ、大丈夫です」 自分の思いを意見陳述書にして託した。 これを裁判で読み上げて貰うことにしたんだ。 裁判の時間は、真白と過ごしたあのハイツで過ごした。 何をするわけでもなく、少しだけ時計を気にしながら、その時間を過ごした。 今まで味わったことのない、何とも言えない重い時間だったと思う。 《この事件で私の人生は大きく変わりました。》 意見陳述書の冒頭は、そう書いた。
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