12. 一区切り

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吾郎さんの店に業者が入り、吾郎さんの築いた城が跡形もなく消えていく。 それは、また、覚悟を強くするものだった。 吾郎さんは店を閉めてからはセカンドライフ計画だと、淡路島への移住を決めてしまった。 俺の店のオープンを見て、引っ越すと言う。 毎日釣り三昧だと、淡路島移住への準備をすすめ、店を閉めてからは一切、あのビルには来なかった。 吾郎さんの意見も聞きたいから見て欲しいと頼んだけれど、 「俺の意見なんか一昔前で古いやろ」 と笑い飛ばされて終わる。 「そんなことより、アンタもはよ住む場所決めや」 と話を変えられてしまう。 吾郎さんのマンションは三宮の駅からも近く、家賃も高い。 俺は身の丈にあった住まいを探していた。 でも、店の準備やその他のことでなかなか探せずにいた。 「明後日、東京行くんやろ?」 「うん。九条先生と会う約束もしてるし、いい加減向こうの家も何とかしないと…」 「あぁ…そのままにしとる言うてたな」 「そう。さすがにもう限界。借金抱えながら店持って家賃2軒分とか無理」 俺がそう話すと、吾郎さんは笑った。 そしてキッチンからカップ麺を二つ運んできて、リビングのテーブルに置く。 「ラーメンとうどん、どっちにする?」 「吾郎さん、選んでいいよ」 「どっちでもええわ」 「じゃ、うどん貰う」 吾郎さんはラーメンを、俺はうどんを、それぞれ割り箸を割って胡座をかいて食べる。 「うまっ」 自然に出た言葉に、吾郎さんはラーメンをすすりながら俺を見て微笑む。 いつの間にか、吾郎さんとの間で敬語がほとんどなくなっていた。 関西と関東とで違う、うどんのカップ麺にも馴染んで、それが好きになっていた。 時間の経過と共に、そこに順応し、穏やかに日々が過ぎて行くのを感じていた。 「東京行くんやったらアレ買ってきてくれへんか?」 「横浜のシウマイ?」 「そや」 「りょーかい」 吾郎さんの話に出てくる“アレ”でそれが何を指すのかもわかってきていた。 そんな関係が心地好かった。
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