2. 裁判のはじまり

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電車を使って九条法律事務所へ向かった。 ラッシュの時間ではないものの、割りと人が乗っている。 出来るだけ人の少ない車両に乗り込んだ。 車両の端のスペースに立ち、ジョウロの在りかを考える。 ベランダに収容スペースはない。 エアコンの室外機の上に洗濯ばさみの入ったカゴがあるだけだった。 真白の顔くらいの大きさがあるジョウロ。 どこだ? ここ3年ほど、仕事が一気に忙しくなって家事は真白にほとんど甘えていた。 たまに料理をすると喜んでくれて… 洗濯を干したり、取り入れたりなんてことは休みの日以外は出来ていなかった。 かろうじで、洗い物と洗濯物を畳むくらいはしていたか…。 とにかく、真白任せだったことを改めて痛感する。 停車駅で扉が開き、結構な人の数が乗り込んできた。 大学のある最寄り駅だ。 そんなことを思った瞬間、 人の流れから鼻につく臭いを感じ、身の毛がよだつ。 “墨くんっっ…あっ…” 生々しい息遣い。 “不妊だからっ…そのまま出してっ……” 甦った記憶に、吐き気を感じて、 閉まりかかった電車の扉を抉じ開けるようにしてその駅を降りた。 人の目なんか気にする余裕なんかない。 駅のトイレに駆け込み、個室のトイレに入り、扉を締める余裕もなく便器に吐き出した。 次々に襲ってくる止められない吐き気。 あの時の萩山麗美の甲高い声。 脳内に甦る記憶を止めようと必死になればなるほど、あの夜のことを思い出す。 胃の中の物を全部吐いて、胃液が出て来てやっと、吐き気がおさまった。 俺は便器の前で踞ったまま暫く動けなくなった。 記憶は曖昧で、斑だった。 薬を飲まされて、興奮して、麗美さんを真白だと思い抱いた。 今まで感じたことのない高揚感に飲み込まれそうになりながらも、真白を傷付けないよう夢中で抱いた。 それが、麗美さんだった。 そんなことあるのか? 俺が、真白以外の女を真白だと思って抱くなんて… それも認めたくなかったし、知られたくなかった。 自分の中にある、理性とかなしに、俺はただ快楽を求めたことになる。 真白をそんな風に思って抱くことなんてしたくなかった。 それなのに興奮して止まらなかった。 どの記憶が正しいのかもわからない。 それくらいあやふやなのに、俺が100%被害者なんて言い切れるのか? もう無茶苦茶だ…。
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