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だいぶ早目に出たはずなのに、九条法律事務所に到着したのは約束時間ギリギリだった。
嘔吐し、汗ばんだ自分が臭わないか気になった。
事務所の扉の前で自分を匂う。
多分、大丈夫。
もし真白が居たらどうしよう…。
どんな顔をしたらいい?
どんな会話を?
ジョウロやさっきの嘔吐のこともあり、何も考えずに来てしまった。
扉の前で右往左往したいくらいの気持ちで、固まっていると、
「あれ?墨さん?」
声を掛けられてビクッとした。
声をした方を見ると、コンビニ袋をぶら下げてこちらに向かってきた三井君だった。
彼はここの法律事務所でアルバイトをしている。
「13時半からでしたよね?九条先生お待ちですよ?」
「そ、そう…」
「俺は今から昼飯っす」
彼はそう言いながら、事務所のドアノブに手を掛ける。
「あっ、あのさ!」
思わず俺も彼の手を持って止めた。
「真白はー」
「天宮さん?今日は事務所に居ませんよ」
その言葉にがっかりしたような、ホッとしたような、でもやっぱり残念な気持ちになった。
「夕方まで九条先生の代理で、講演会の代理出席です。前に座って聴くだけだから大丈夫~とか言われてましたよ」
そう言いながら三井君は怪訝表情で彼の手を掴む俺の手を見る。
「あっ、ごめん」
彼から手を離す。
「天宮さん、体調崩して3日ほど休んだわりには顔色も元に戻らないし、何かありました?」
何も知らない三井君が、真白の情報をくれる。
体調崩して3日ほど休んでいた?
顔色が元に戻らない?
「仕事出来る状態じゃないんじゃないか?」
「いや、仕事はしてますよ。ミスもないし。ただ、あんまりしゃべんなくなったからつまんなくて」
彼はそう言って笑いながら扉を開けた。
「九条先生!墨さんいらっしゃいました~」
事務所の奥に見えたのは、デスクについている九条先生の姿。
俺を見て、軽く手を上げた。
俺は会釈する。
「来客室にご案内して、すぐ行く」
九条先生はそう反応した。
俺は三井君に案内されて来客室のソファに腰を下ろす。
九条先生を待つまでに、三井君は冷たいお茶を持ってきてくれて、その後入れ替わるように九条先生が入ってきた。
先生はソファに腰を掛けながら俺の表情を見て、
「君も顔色が悪いね」
と言った。
君も…
もう一人は、真白を指していることはすぐにわかった。
「真白は…どんな様子ですか?」
思わず聞いてしまう。
「…別れたんだって?」
九条先生に問いかけられる。
思わず言葉が詰まった。
やっぱりそうだ…俺達は別れたんだ。
第三者に言葉にされると、より痛感する。
「墨君、ちゃんと食べてる?随分痩せたように思うけど…」
「あっ、食べてます…」
食べてるけど、
「でも、吐いてしまうことも多くて…」
「それは体調的に?精神的に?」
そう問い掛けられて、俺はさっきの電車での出来事を話した。
九条先生は何も言わずにジッと最後まで聞いてくれた。
「何かの拍子に思い出す…PTSDの症状だね」
「はい…」
「病院行ってる?」
足を骨折して入院している間と、通院リハビリの間に数回カウンセリングは受けた。
だけど、それから何もしていない。
「病院には通った方がいい。ちゃんと立ち直る為にも…」
「はい…」
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