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「これからの裁判のことなんだけど…」
九条先生が本題に入った。
「まず、刑事裁判。萩山麗美の容疑は薬物所持及び使用容疑…それからそれを使用した君への準強制性交等罪容疑、そして慶次郎君を巻き込んで行った天宮さんへの傷害事件容疑」
「はい…」
「これらが刑事裁判に掛けられる」
萩山麗美は容疑を認めている。
長い裁判にはならないだろうが、立場が立場なだけにスキャンダラスで世間が注目する可能性は大きい。
裁判になると言うことは、世間にそれが公になることでもある。
「それとは別に、萩山夫妻が計画的に君を陥れ、子供まで誕生させたことは、今後の君の人生に大きく影響することだ。これに関しては民事裁判を申し立てることになる」
「民事…」
「精神的苦痛に対しての慰謝料請求で相手に償わせるしか方法はない」
悲しい現実だ。
これが、真白がよく言っていた“法の限界”なのだろうか。
「民事で争えば、子の出生が公になりますよね…?」
俺の問い掛けに九条先生は小さく頷いた。
それは、避けたい。
俺自身の為にもだけど、生まれてしまったその子の為にも、不特定多数の人間に真実を知られることはリスクが高過ぎる。
「今すぐ決めてしまわないといけないことじゃない。よく考えたらいい」
俺は九条先生の言葉に頷いた。
「それから…萩山悟が君との面会を希望してる。弁護士を通して、正式に依頼があった。会う会わないも君の選択に任せるよ」
萩山悟…。
俺の異母兄弟になる彼が、萩山麗美の夫。
萩山悟は無精子症と言う子供が作れない身体で、父親の不貞の末に出来た俺を種馬扱いした。
彼の母親は、俺の母親と父親の不倫に長年悩まされ、病を患い亡くなっている。
俺の母親のことも、俺のことも恨んでる。
そんな彼が、なぜ?
「なぜ彼が…俺との面会を?」
「わからない。わからないけど…予想するに、恐らく子供のことだろう」
「子供?」
「萩山麗美が生んだ子供は、萩山悟が引き取り育てていると聞いている」
意外ではなかった。
麗美さんが出頭前に真白と話したいと病院を訪れた時、萩山悟と二人きりになる場面があった。
殆ど会話はなかった。
萩山悟は子供のことは一切話して来なかった。
そこに、少しだけど、彼の覚悟を感じたんだ。
「もし会うなら、付き添うよ?」
「はい…」
会った方がいいのか、会わない方がいいのか…
正直わからなかった。
何を判断するにも中途半端。
頭が働かない。
「墨君、これだけはハッキリ言わせて貰う。君は被害者なんだ」
九条先生が突然しっかりとした口調で言い放った。
「君は今、後悔ばかりしているんじゃないか?」
「それは…そうですよ。全てのはじまりは、俺が麗美さんに引っ掛かったのが―」
「君に落ち度はない!」
九条先生は声を上げて言った。
「これは、男は強いと言う固定観念が問題でもある。行為事態もそうだ。性別の固定観念があるんだ。それは行為事態の方法や形状がそう思わせる…だけど、その考え方自体が男性性被害者を追い詰めているんだ」
九条先生は俺を見つめて話を続けた。
「いいかい?君は、萩山麗美と飲みに行ったこと、彼女に嵌められたこと、行為を拒めなかったことに非常に後悔している。自分をずっと責めているだろ?」
「それは…そうでしょ…。そこがなければ―」
「それは、女性が被害だった場合、スカートを履いていなければとか、夜道を歩いていなければとか、上司と二人で飲みに行かなければとか…そんな風に責めていることと一緒なんだ」
「そ、それは違うでしょ。男性と女性ではそもそも―」
「違わないッ!君は17歳の頃からの萩山麗美を尊敬していた。信頼していた。信頼している相手と飲みに行くこと、頼りになる上司に相談すること、気をゆるすことは罪なんかじゃない!」
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