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来客室からボロボロになって出て来た俺を、三井君は目を見開いて見た。
九条先生に、
「天宮さん、16時半くらいに戻ると思うけど…」
と教えて貰った。
体調を崩している真白が心配だった。
一目でも見て、様子を知りたいと思ったけれど、自分自身もこんな状態で、真白が俺を見たら余計に辛くなるのではと思った。
「今日は…帰ります」
そう言ったけど、彼女を感じたくて、少しだけど真白のデスクを見せて貰った。
彼女がいつも座っているであろう椅子の背凭れに手を置き、綺麗に片付けられたデスクにも反対の手を置いた。
…真白。
どうか…早く、元気になって…
無理をしないで…
辛かったら誰かを頼るんだ…
俺が言えた立場じゃないけど、そう念じた。
「三井君…」
「はっ、はいッ」
なぜか俺の呼び掛けに返事し立ち上がる三井君。
「真白の力になってやってくれ…」
「えっ、あっ、はい。もちろん!」
戸惑いながらも三井君はそう応えてくれた。
「九条先生…」
俺は九条先生を見る。
「うん、わかってる。大丈夫だから」
九条先生は何も言わずとも、そう言ってくれた。
俺は真白のデスクや椅子から手を離し、姿勢を正して九条先生に頭を下げた。
そして、静かに事務所を後にした。
「九条先生!今の何!?天宮さんと墨さん、別れたんですか!?」
三井君の声が聞こえて、思わず少しだけ笑えた。
電車が混む前に近所の最寄り駅まで帰る。
本当は真白に逢いたかった。
逢いたくて、逢いたくて、仕方がなかった。
だけど、自分がおかしいことは気付いているし、それで真白を傷付けることになることを理解していた。
俺は、真白と別れた土手に行き、斜面に座り込んだ。
この土手は、昔何度も真白と歩いた。
春にはつくしなんかが生えて…調理したらそれを食べることも出来ると教えたら、真白は一生懸命土筆を取っていた。
実際調理して食べたら、真白は苦さにノックアウトだった。
金のない、同棲初期の話。
たんぽぽの綿毛も彼女は好きだった。
見つけたら子供みたいによく吹いていた。
“飛んで行く様がかっこいい”
真白の独特の感性だと思った。
“真白…愛してるよ…”
彼女にはじめて“愛してる”と言ったのもこの土手。
真白は目を潤ませた。
唐突だったようで、驚いてもいた。
“もう一回、もう一回言って、恭ちゃん”
“おかわり!おかわりちょうだい”
と言う真白に、
“また今度”
と言ったのは、めちゃめちゃ照れたからだ。
彼女からしたら、唐突だったかもしれない。
でも、ずっとずっと、
何度も心の中では囁いていた。
あの日、真白を見つめて、思わず気持ちが溢れたんだ。
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