22. 天使の忠告

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「手術せずに自然排出して、子宮内は綺麗でした。麻酔等もせずに済んだので、お母さんの身体を労ってくれたんでしょう」 病室に来て説明をしてくれた医師は年輩のほっそりした先生だった。 天宮の父の年齢に近いと思う。 真白は力なくベッドに横になったまま話を聞いた。 俺はその側で立って話を聞く。 「もう少し休んで、身体が落ち着いたら、帰れますよ」 側に居たさっきの看護師さんが真白に声を掛ける。 「えっ、入院しなくて大丈夫なんですか?」 驚いて思わず聞いた。 「大丈夫ですよ。今日はお家で安静にしていてください。明日以降は身体の様子をみながら普通の生活に戻して頂いて結構です。ただし、夫婦の営みは控えてください」 いや、こんな状態で言われなくてもしないだろ。 医師の説明に驚きしかない。 「子宮の回復状況をみたいので、1週間前後でまた来てください。何か不安なことや異常があれば、いつでも連絡してきてください」 医師は真白を見てしっかりと、でも優しい口調で言った。 一点を見つめたままの真白に、 「天宮さん」 と医師は声を掛ける。 真白はハッと医師を見た。 「前回も説明しましたが、決してお母さんの身体や生活状況が原因で流産になったわけではありません。この時期の流産原因は赤ちゃん側にあります。あまり知られていませんが、10人に2~3人が経験していると言われています。だから、誰にでも起こり得ることなんですよ」 医師の説明に小さく頷いた真白。 「天宮さん、ご自分を責めてはいけませんよ。誰のせいでもない。今回は残念だったけれど、きっとまた帰ってきてくれますよ」 医師の話に、真白はまた小さく頷いた。 「看護師に薬の説明をさせますね」 医師はそう言って、真白の側のパイプ椅子から腰を上げ、看護師さんに代わった。 「…ご主人、ちょっと」 医師に声を掛けられて、二人で病室を出た。 真白は看護師さんの説明を聞いている。 その姿を確認して、そっと扉を閉める。 「あのね、ご主人…」 医師は廊下で小声で切り出す。 「先程奥様に話した通り、この時期に流れるのは珍しくない話なんですよ」 「はい…」 「胎嚢を確認した時おおよその週数より小さくてね。望みは少なかった。それでも胎嚢を確認した時に本当に嬉しそうにされていたので…」 「真白は喜んでいたんですか?」 「うん。とっても。だから、胎嚢が小さいことを話したら随分落ち込んで…」 「そうですか…」 胸が痛かった。 「大抵のお母さんは悲しんで辛い表情をされます。天宮さんもそうなんですけど、長くこの仕事をしてきた勘でね、少し心配になって」 「えっ?」 「失礼ながら何かワケありなのかと思ってたら、ご主人しっかりされてるし…。とにかく、気持ちに寄り添って上げてください」 医師はそう言って俺を見上げて小さく何度も頷いてから、離れて行った。 真白は小一時間ほど休んで、病院を後にした。 タクシーで二人で家に戻り、自宅に帰って休むように言った。 部屋着に着替えようと脱衣場に行こうとした真白を止めて、 「寒いから、ここで着替えたらいいよ。俺、洗面所にいるから」 と話すと素直に応じてくれた。 脱衣場に行った俺は、出る前に急いで着替えさせて放置した真白の血に染まった部屋着を拾い上げた。 見せない方がいい。 すぐ隣のトイレマットも、血に染まったタオルも、思い出してしまうものは出来るだけ処分した方がいいと、一纏まりに袋に入れてゴミ箱に入れた。 新しいものを買えばいい。 だけど、心はそう言うわけにはいかない。 天宮のお母さんを頼った方がいいかもしれない…。 勝手に呼ぶより相談した方がいいだろうと、真白の元に戻る。 真白はベッドに横になろうとしていた。 「恭ちゃん、ごめんね。お仕事の日なのに…。私すっかり―」 「そんなこといいよ。気にしないで。たまには店長の居ない店ものびのびしていいだろうから」 真白に被せて出来るだけ明るく言った。 布団や毛布を取って、真白に掛ける。 「もう大丈夫だから、お仕事行って」 真白はそう言って微笑んだ。 「いや、今日は、ずっと側に居るよ。店も大丈夫だから」 俺はそう答えたけれど、真白は首を横に振る。 「こんなことで休んでたらダメだよ」 その真白の言葉に思わず、 「こんなことじゃないだろ!?」 声を上げてしまった。 真白の顔が強張ったのがわかった。 「ごめん。声を上げるつもりなかったんだ…」 「…ごめんなさい」 「真白、謝らないでよ」 「……」 下を向いて布団の裾をキュッと握る真白。 その仕草に胸が締め付けられる。 追い込みたいんじゃない。 「真白、俺、頼りないけど」 真白は違うと言うように首を横に振る。 「一人で抱え込まないでよ。本当は全部背負いたいんだ。だけど、真白、全然分けてくれないから…。俺、何だってするからっ!」 首を激しく横に振る真白。 「そんなに頼りないかな?」 「……ちがうっ」 下を向いたまま、真白は小さな声で否定した。 「真白…?」 「…ちがうの」 真白の顔を覗き込もうとすると、真白は顔を少し背けた。 「恭ちゃん…仕事行って……」 涙声で言われてしまう。 「真白…」 寄り添ってやらなきゃないらないのに、追い詰めてしまった。 背を向けられて当然だ。 「……きっと…今何かを話したら……恭ちゃんを傷付ける……」 掠れた小さな声で、真白は言った。 その言葉に、咄嗟に彼女の手を掴み引いて、目を見た。
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