23. 芍薬の花

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吾郎さんは、真白や俺に食べさせようと釣った魚を用意してくれていた。 カレイの煮付けや唐揚げ、アジの南蛮漬け等がテーブルに並んだ。 「はぁ~。やっぱり真白ちゃんに注いで貰ったら“ほまれ”が最高に美味しなるわぁ」 真白にお酌して貰ってご機嫌の吾郎さん。 「真白ちゃんも、少ーしだけ飲んでみ?」 新しいお猪口を出して真白に“ほまれ”をすすめる吾郎さん。 「あっ…じゃ、少しだけ…」 真白は少しだけ吾郎さんに“ほまれ”を注いで貰い、それを飲んだ。 「…美味しっ」 「やろ?」 真白の反応に嬉しそうに吾郎さんは微笑んだ。 「まさか、真白ちゃんの従姉の旦那が“ほまれ”の次男坊とは驚いたけどな」 吾郎さんは豪快に笑って、ヨロヨロと立ち上がる。 「大丈夫?」 「大丈夫や、ありがとう」 声を掛けるとすぐ返事をして、居間にあるストーブの上で温めている鍋の蓋を開けて見る。 「“ほまれ”の酒粕で作った粕汁や」 「それ、さっきも聞いたから」 「そやったか?」 また吾郎さんが笑う。 俺も真白も顔を見合わせて笑った。 今回の件で、夫婦の時間をもう少し取りたいと思った。 週一だった休みを、隔週で週二にして、プライベートの時間を少しだけ増やした。 古泉がスタイリストとして活躍するようになり、ゆとりも出来てきていた。 真白が弁護士の仕事を就くとなれば、共働きになる。 今以上に休みが貴重になる。 悲しい出来事ではあったけれど、確実に二人の未来をしっかりと見据える機会にはなった。 「吾郎さん、この南蛮漬けすっごく美味しい。ピリッとして風味が…」 「あぁ…それは柚子胡椒や。水穂子が昔、唐辛子の代わりに入れとって、なんや好きでな」 「なるほど!今度してみよっと」 「レシピあるで。ちょっと待ちや」 吾郎さんは棚から古いノートを出してページをめくり、真白の横に座ってそれを見せた。 「これ…水穂子さんの?」 「そや。瓦礫の中から出てきたんや。貴重やで」 そう言って吾郎さんは笑い、また“ほまれ”を飲む。 飲み過ぎじゃないか? 「吾郎さん、ペース早いですよ。ゆっくりゆっくり」 俺が注意しようとしたら、真白が言ってくれた。 「ごめんごめん。これで最後にするから」 そう言って徳利を掲げた。 真白はレシピを丁寧に見て、 「他のページも見ていいですか?」 「かまへんで」 真白はページをめくって、レシピを見る。 「あぁ~…このクリームコロッケも旨かったんやけど、俺には作られへんかった。難しいんや」 真白がめくったページを指差して吾郎さんは言った。 「水穂子の得意料理やった…息子もグラタンのコロッケやって言うて食べとったなぁ…」 懐かしそうに目を細める吾郎さん。 酒が入ると、吾郎さんは家族の話をよくする。 今も、側に居るような表情で愛しそうに。 「…吾郎さん。私、これ、今度作ってみましょうか?」 「えっ?」 真白の申し出に目を丸くする吾郎さん。 「水穂子さんみたいには作れないかもしれないけど、このレシピがあれば、近いものは作れるかもしれない」 真白がそう言うと吾郎さんは真白を抱き締めた。 「ありがとうっ!」 ギュッと抱擁する吾郎さん。 「おい、ちょっと!嬉しさの表現がストレート過ぎるだろ」 思わず注意する俺。 「ホンマに恭一郎は、真白ちゃんに対して独占欲半端ないな」 真白から離れて酔っ払い吾郎がケラケラと笑いながら言った。 「完全に出来上がってんじゃん」 俺がそう言うと、真白は大笑いした。 来て良かった。 真白の笑顔がまた曇りのない昔と変わらない笑顔に戻ったから。
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