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吾郎さんは、真白や俺に食べさせようと釣った魚を用意してくれていた。
カレイの煮付けや唐揚げ、アジの南蛮漬け等がテーブルに並んだ。
「はぁ~。やっぱり真白ちゃんに注いで貰ったら“ほまれ”が最高に美味しなるわぁ」
真白にお酌して貰ってご機嫌の吾郎さん。
「真白ちゃんも、少ーしだけ飲んでみ?」
新しいお猪口を出して真白に“ほまれ”をすすめる吾郎さん。
「あっ…じゃ、少しだけ…」
真白は少しだけ吾郎さんに“ほまれ”を注いで貰い、それを飲んだ。
「…美味しっ」
「やろ?」
真白の反応に嬉しそうに吾郎さんは微笑んだ。
「まさか、真白ちゃんの従姉の旦那が“ほまれ”の次男坊とは驚いたけどな」
吾郎さんは豪快に笑って、ヨロヨロと立ち上がる。
「大丈夫?」
「大丈夫や、ありがとう」
声を掛けるとすぐ返事をして、居間にあるストーブの上で温めている鍋の蓋を開けて見る。
「“ほまれ”の酒粕で作った粕汁や」
「それ、さっきも聞いたから」
「そやったか?」
また吾郎さんが笑う。
俺も真白も顔を見合わせて笑った。
今回の件で、夫婦の時間をもう少し取りたいと思った。
週一だった休みを、隔週で週二にして、プライベートの時間を少しだけ増やした。
古泉がスタイリストとして活躍するようになり、ゆとりも出来てきていた。
真白が弁護士の仕事を就くとなれば、共働きになる。
今以上に休みが貴重になる。
悲しい出来事ではあったけれど、確実に二人の未来をしっかりと見据える機会にはなった。
「吾郎さん、この南蛮漬けすっごく美味しい。ピリッとして風味が…」
「あぁ…それは柚子胡椒や。水穂子が昔、唐辛子の代わりに入れとって、なんや好きでな」
「なるほど!今度してみよっと」
「レシピあるで。ちょっと待ちや」
吾郎さんは棚から古いノートを出してページをめくり、真白の横に座ってそれを見せた。
「これ…水穂子さんの?」
「そや。瓦礫の中から出てきたんや。貴重やで」
そう言って吾郎さんは笑い、また“ほまれ”を飲む。
飲み過ぎじゃないか?
「吾郎さん、ペース早いですよ。ゆっくりゆっくり」
俺が注意しようとしたら、真白が言ってくれた。
「ごめんごめん。これで最後にするから」
そう言って徳利を掲げた。
真白はレシピを丁寧に見て、
「他のページも見ていいですか?」
「かまへんで」
真白はページをめくって、レシピを見る。
「あぁ~…このクリームコロッケも旨かったんやけど、俺には作られへんかった。難しいんや」
真白がめくったページを指差して吾郎さんは言った。
「水穂子の得意料理やった…息子もグラタンのコロッケやって言うて食べとったなぁ…」
懐かしそうに目を細める吾郎さん。
酒が入ると、吾郎さんは家族の話をよくする。
今も、側に居るような表情で愛しそうに。
「…吾郎さん。私、これ、今度作ってみましょうか?」
「えっ?」
真白の申し出に目を丸くする吾郎さん。
「水穂子さんみたいには作れないかもしれないけど、このレシピがあれば、近いものは作れるかもしれない」
真白がそう言うと吾郎さんは真白を抱き締めた。
「ありがとうっ!」
ギュッと抱擁する吾郎さん。
「おい、ちょっと!嬉しさの表現がストレート過ぎるだろ」
思わず注意する俺。
「ホンマに恭一郎は、真白ちゃんに対して独占欲半端ないな」
真白から離れて酔っ払い吾郎がケラケラと笑いながら言った。
「完全に出来上がってんじゃん」
俺がそう言うと、真白は大笑いした。
来て良かった。
真白の笑顔がまた曇りのない昔と変わらない笑顔に戻ったから。
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