23. 芍薬の花

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「飲み過ぎだよ。まったく…」 吾郎さんが寝室のベッドまで行くのに肩を貸した。 「久々に気持ちいいくらい飲んだわ」 ヨロヨロとベッドに腰掛ける吾郎さん。 「なんや、嬉しゅうてな。やっぱり野郎とだけで飲むより、可愛い女の子が居た方が楽しいな」 「発想がおっさん」 「おっさん通り越しておじいちゃんやで」 そう言ってまた豪快に笑う吾郎さん。 扉がノックされて真白が顔を出した。 「大丈夫?お水持ってきたよ」 グラスに水を入れて、真白が持ってきてくれた。 「ありがとう、真白」 扉口に取りに行く。 「真白ちゃん、すまんな」 そう言う吾郎さんに、俺は真白から受け取ったグラスを渡す。 「片付けてるね」 「ごめん、すぐ行くから」 真白は頷いてキッチンへ戻って行った。 「ええ子やなぁ~」 沁々言う吾郎さんに、俺は思わず笑った。 「俺の嫁だからね」 「わかっとるわ」 そう言ってグラスの水を飲んだ。 飲み終わったグラスを受け取り、布団に入るように促す。 「世話掛けるなぁ」 「何言ってんだよ」 布団に入った吾郎さんに布団を掛ける。 「店は順調か?」 「…うん」 「ん?なんかあるんか?」 「駅前に2店舗目を出そうかと思ってる」 「ホンマか!?」 布団に入ったはずの吾郎さんが勢いよく起き上がる。 「前に、宮前さんに紹介して貰った不動産会社のハヤシさんに真白との新居の相談してて、別口で三宮センター街の物件をすすめられたんだ」 それはつい最近のこと。 司法修習のゴールも見えてきて、そろそろどこか新居をと思って相談したら、たまたまいい物件があると店の物件も紹介して貰った。 「センター街か…高いんちゃうか?」 「2階店舗だからそこまでは…」 「そうか。あの賑やかな兄ちゃんに任せるんか?」 「…う~ん」 これはまだ誰にも話していない俺の構想。 「古泉を店長にしようと思ってる」 俺の話に目を見開いた吾郎さん。 「あの若いのか?」 「うん。ターゲットは10代から20代と子育て世代のお母さん。コストをおさえて時間の掛かからないお手軽イメチェンをコンセプトにしようと思ってる」 「ヘアサロンのファストファッションか?」 「正解」 吾郎さんは感心したように頷く。 「古泉と話してると、流行に敏感で常に先取りなんだよ。ちょっと派手だけど、その辺は俺も入ってコンセプトをしっかり保てばいける気がする」 「ほぅ…。今の店と差別化をはかれるんか?」 「それは藤木に店長を任せてしっかりBlanc purのブランドを保って貰う」 「恭一郎は?」 「どちらにも携わって、Blanc purの店を成長させようと思ってる。見極めとか出来るかわからないけど…」 俺の話に吾郎さんは驚いていた。 「いいかな?」 問い掛けた俺に、吾郎さんは笑った。 「お前の店や。好きにしたらええ」 「でも、56の店を―」 「56とBlanc purは別や。俺は、恭一郎に魂を引き継いだだけで、店を引き継いだわけちゃう」 「吾郎さん…」 「お前の夢、しっかり描いて楽しんだらええ」 56の店を譲って貰って、ずっとあそこでこじんまりとやっていく未来も想像した。 だけど、若手を抱えて、広く高く挑戦して欲しい気持ちも芽生えたんだ。 自分とは違う新しい感覚に刺激されることが、最近よくある。 「ありがとう…」 グラスをグッと持ってお礼を言った。 「Blanc pur、儲かって貰わなあかんしな。年金生活にはあの家賃収入は助かってるんや」 そう言って笑ってくれる。 「いつまでも、元気でいてよ?」 「後20年は大丈夫や。健康診断で項目オールAやで?毎朝散歩して畑仕事して魚釣りして、週2でカラオケクラブや。おまけに最近ジムにも通い出したんやで」 「それは良かった」 健康的で何より。 「まだまだ水穂子は呼んでくれそうにないわ」 その言葉に、俺は苦笑した。 「水穂子さんにはもう暫く、待って貰って」 俺がそう言うと、今度は吾郎さんが笑った。
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