23. 芍薬の花

6/12
前へ
/300ページ
次へ
「今回はお空に帰っちゃったけど、もし妊娠してたら内定辞退しようと思ってたの」 真白にそう言われて、それはそれで大きな決断をさせることになってたと思った。 「所長に“年齢的にも子供を持つなら早目に考えてるわよね?”って聞かれて…」 「そんなこと聞かれんの!?」 「あっ、それは、ざっくばらんによ?イヤな感じじゃなくて、懇親会の時に」 「随分アットホームな社風で…」 「小さな依頼も丁寧に対応してるとこよ」 九条先生の女性版? 「入って様子を見ながら、出来るだけ早く落ち着けるように頑張るから」 「うん、わかった」 夢を叶える真白を応援してやりたい。 もちろん、彼女との子供は欲しい。 でも、もし、万が一、授かることが出来なかったら… 仕事があることで、救われることもあるだろうから。 俺の返事に真白は微笑んだ。 「真白、俺、不良感抜けた?」 さっきの話を蒸し返す。 「えっ?うん!どこをどう見ても爽やかな青年」 真白の表現に俺は笑った。 「いや、もう青年じゃないだろ」 「恭ちゃん、服のチョイスが変わったよね」 「あっ、それはあれだ。年齢的なものもあるし。いつまでも“穴のあいたジーンズ”は履いてられないだろ?」 俺がそう言うと、今度は真白は笑った。 「お父さん、ダメージジーンズを理解してないから」 「いや、まぁ、今思えば、同棲のお願いに“穴のあいたジーンズ”はよくなかった」 「ドクロのリングとネックレスだったかも」 「当時クロムハーツにハマってたから…」 そうだった…。 なぜ親の挨拶にドクロ? 「マジで9年前の自分を恨む」 真白は声を上げて笑う。 「あのアクセサリーどうしたの?」 「後輩とか慶次郎にあげた記憶が薄ーくある」 「そうなの?そう言えば、同棲して間もなく、見なくなったかも」 「真白が“なんかこわい”って言ったから」 「そうだったの!?」 二人で顔を見合わせて笑った。 「昔の恭ちゃんも大好きだけど、今の恭ちゃんはもーっと好き」 不意打ちで言ってくれる。 「あっ、ヤバい」 俺の言葉に、 「どうしたの?」 と聞いてくる。 「キスしたい」 そう言うと真白が驚いて周りを見渡した。 「恭ちゃん!」 真白が俺に注意する。 「誰も居ないよ?」 月明かり、波の音、周りに民家なし。 何でダメなんだよ。 真白は悟空を見た。 空気を読んでか、悟空はこちらにお尻を向けて、空っぽの餌入れの皿を舐めていた。 「誰も見てない」 そう言って彼女の頬から首に手で触れて、真白の顔を少し持ち上げた。 抵抗はしない。 少しだけ困った顔の真白に、俺はゆっくりそっと唇を重ねた。 波の音が優しく響いて、重ねた唇に応えてくれる彼女に集中する。 息継ぎのように一度離した唇。 「真白、愛してる…」 囁くように言って、もう一度キスをした。
/300ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8503人が本棚に入れています
本棚に追加