3. 傷

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「…お前、今、それを言うか?」 「真白のカラアゲって、ちょっとだけ甘いんだよ。カリッとしてて、で、柔らかい。次の日が休みの日はニンニクを入れてくれて、仕事の日は生姜を効かせてくれてて…無限に食えた」 「知らねぇよ!」 大竹がそう叫んで弁当をガツガツ食う。 「お前あの時、よく冷蔵庫の中身食わなかったな…」 俺は思い出したように大竹に言う。 「あんな気持ちのこもった料理、食えるわけねぇだろ」 そうかと俺は少しだけ笑う。 大竹は思い出したように俺を見る。 「タンシチュー残ってないの?」 「冷凍庫にある」 「おっ!」 「絶対あげない」 大竹は俺を睨み付け舌打ちした。 そして俺の弁当のカラアゲを突き刺して、睨み付けたままカラアゲを頬張る。 「こぇ~よ」 思わず吹き出してしまう。 二人で笑った。 天を仰いで笑った大竹の襟足が気になった。 「お前、そこ長くない?」 指差すと、大竹は気にするように首をすくめた。 「あぁ~今月まだ床屋に行けてないんだよ」 そう言われてみれば、全体的にぼさってる。 「切ってやるよ」 俺の提案に、大竹は驚く。 「カリスマ美容師に切って貰うほどの頭じゃねぇよ。1500円カットだから」 「バーカ。カリスマじゃねぇよ」 笑う。 「色々世話になってるお礼」 コンビニ袋に食い終わった弁当を片付けながら言うと、大竹はラッキーとのった。 真白の髪をカットする時みたいに、部屋に新聞紙を引いて、背凭れのないラウンドチェアに座って貰った。 タオルをまいて、クロスを掛けてやると、 「このクロス、パクってきたの?」 何て聞いてきた。 「なわけないだろ。買ったんだよ」 台を持ってきて、棚に仕舞っていたシザーケースに入っているセットを持ってきて腰に装着する。 久々だ。 「簡単にでいいよな?」 「男前に切ってくれ」 「何だよ、その抽象的な注文は」 「じゃ、お任せにしてやるよ。いい感じでやれ」 思わず笑ってしまう。 俺はシザーとコームを取って、大竹の髪にシザーを当てた。 一回はさみを入れたら、感覚はすぐに戻る。 迷いなく、指が、手が、動く。 頭の形と、髪の生え方、クセ、ボリューム、感触。 触ればその人に合うように、自分で頭で計算する。 左右の違い、バランス、コンプレックス… 全ての情報から、一番合うスタイルを提案できる。 ワックスで仕上けて、俺が差し出した手鏡で仕上がりを見た大竹。 「おぉ!!」 と歓声を上げ、 「まぁまぁだな」 と言った。 「何だよ」 思わず笑ってしまうが、手鏡を返さずに右や左を確認してにやける大竹。 「これ、何て切り方?」 「切り方?…あぁ~、ソフトツーブロック刈り上げヘア?」 「何だよ、聞いたことねぇよ」 大竹が珍しく嬉しそう。 「…昔、思い出すな」 「ん?」 「よく、お前に髪切って貰ってた」 大竹に言われて思い出す。 中学の時から、大竹の髪をよくいじってた。 夏休みは市販のヘアカラーで金髪にして、大竹の親に怒られたりもした。 「あったな、そんなこと」 俺は片付けながら言う。 「恭一郎」 「ん?」 「美容師続けろよ」 苦笑いして流してみた。 「お前、これくらいしか取り柄ないだろ」 「うっせぇよ」
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