3. 傷

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――…… 九条先生を通して依頼があった萩山悟との面会が実現したのは、夏に入ってすぐのことだった。 出来るだけ人目を避けて会いたいとのことで、相手が指定したのは都内のレストランの個室だった。 向こうも無職じゃないのか? なのに…優雅だな…。 指定されたレストランがあまりにもきらびやかで、本当に人目を避けたいと思ってるのか謎。 通されたレストランの個室に、萩山悟はテーブルに着いて待っていた。 「呼び立てて悪かったね」 「はぁ…」 身なりも変わらずキチッとしていて、ボーイのエスコートで彼の対面に座った。 別に優雅に食事をしに来たわけでもないのに、グラスに水が注がれた。 一連のサービスが終了すると、ボーイは丁寧にお辞儀をして部屋を出て行った。 個室で二人きり。 微妙な空気。 「ここは…」 萩山悟が口を開いた。 「幼少の頃から家族で使っているレストランでね。融通が利くし、口も固いんだ」 「はぁ…」 そう言うことかと理解する。 「料理も旨いんだ。特にここのタンシチューは絶品だ。用意させたから食べてみないか」 「…いや」 タンシチューなら真白が作ってくれたのが家にある。 「別に食事をしに来たわけではないので…」 「……そうだな」 俺の言葉に萩山悟は少しトーンを落とした。 今まで彼からは、俺への嫌悪感しか感じなかったのに、今日はそれを感じない。 何の変化なのかわからない。 「…随分、君も苦労して育ったらしいな」 そう言われて、驚いた。 「…少し、調べさせて貰った」 あんまりいい気はしない。 「母親の再婚相手から虐待に近い行為を受けていたんだろ?再婚相手が出て行ったら、今度は金に困って―」 「あの!」 俺は萩山悟の話を遮る。 「その話から、何か繋がるんですか?」 「やっと平穏に暮らせていた君の人生を私達が壊した」 真面目な顔して言われても、そうですが、何か?って感じだ。 「その確認なら、裁判であるんじゃないですか?今、会ってする必要あります?」 俺がそう言ったタイミングで、萩山悟は勢いよく立ち上がり、頭を下げた。 あまりの予想外の動きに一瞬構えて、絶句した。 暫くの沈黙。 頭を下げたままの萩山悟。 「…何の真似ですか?」 聞いてみた。 「君と君の母親とは、別の人間だ。なのに同じように恨み、君に矛先を向けた…。浅はかで、非道な行為をしたこと…謝罪したい」 俺のことを調べて、俺の人生に同情し、反省した? そんな簡単に謝罪したいなんて気持ちが生まれるような恨まれ方じゃなかったはずだ。 萩山悟の話したい話はこれじゃないと、なぜか冷静に分析できた。 「本題は、子供のことじゃないんですか?」 俺の言葉に、萩山悟がピクッと動いたのがわかった。 「二人では話は出来ません。お互いに弁護士をつけてじゃないと―」 「いや、違うっ!取り決めのことじゃない!」 萩山悟は顔を上げて、俺の話を割った。 「勝手な話だけど、頼みがあるんだ」 懇願するような目で俺を見た。
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