3. 傷

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「頼み?」 何の頼み? 「…子供の出生を公にしたくない。…民事訴訟ではなく…調停で取り決めを交わしたい。そちらの言い分は出来るだけのむ。だから…」 いつもどこかビジネスのように話していた萩山悟が、辿々しく話した。 「民事裁判になれば公開になってしまう。あの子の出生が不特定多数に明らかになってしまうことは…それだけは避けたい」 「……」 「賠償も取り決めも最大限君に添う。だから…だから…」 萩山悟の話を、彼を見上げて聞いていた。 何も言えずに、ただ、見上げていた。 「勝手なことを話しているのは重々わかっている。それでも…出生を公にするのは…」 民事訴訟を起こせば、必然と子供の生物学上の父親が公になる。 それは、俺自身も避けたい。 子供には一生会わない。 姿形も見たくないし、知りたくない。 それが俺の気持ちだ。 「俺は、子供の存在は認めたくないし、関わりたくない。俺のことも、知られたくない」 正直な気持ちだった。 「それは、約束する。あの子は…私の子として!外に漏れることがないように約束する!本人にも君のことは言わない!」 必死に話す萩山悟。 だけど、俺はどこか冷静だった。 「親がそのつもりでも、いつか本人が気付いたらどうします?」 俺の問い掛けに、萩山悟は首を横に振る。 「絶対にわからないように―」 「子供は成長する。いつまでも子供のままじゃない。いつか自分の出生に疑問を持ち、調べたらどうなるかわからない。子供は人形じゃない。意思を持ってる」 「絶対に君には迷惑掛からないようにするから!」 「絶対なんて有り得ない!」 俺は言い切った。 「意思を持った子供を、親はコントロールなんて出来ない」 俺の言葉に、苦しそうに眉間にシワを寄せた萩山悟は、脱力するように椅子に座った。 「例えば、交通事故に遭い、ドナーが必要になった場合も、アンタは俺に連絡をしないと約束できるか?」 「それは…」 「例えば俺が子供を持って、将来、何億分の1かでその子らが出逢ってしまったら?」 俺の問い掛けに絶句する萩山悟。 「そんなこと考えもしなかったか?で、あれば、浅はかな行いだったよな。それとも、俺の人生をめちゃくちゃにすることがもうひとつの目的だったなら、大成功だよなっ」 止まらなかった。 麗美さんが無事に子供を産んだと知ってから、色んな未来を恐れた。 何を考えても、不安ばかり。 それを考えると何か諦めなければならないことに気付く。 例えば自分の子供。 俺が、真白と子供がもてたとしても、地球上には俺の血を分けた人間は二人になる。 万が一接点を持つことがあったら? 万が一、男女で恋仲になったら? 可能性は低いけど、ないとは言い切れない。 不安を持ったまま、隠して生きていくのか? じゃぁ、話すのか? そんな答えのでない悩みをもう何十回も考えた。
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