3. 傷

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「…確かに……浅はかだった」 萩山悟は認めた。 九条先生からは、倫理観は別にして、萩山悟の行ったことを罪に問うのは難しいだろうと言われていた。 彼は、麗美さんが薬を使うことは知らなかったし、酔った俺を運んだだけ。 そこに罪はない。 俺には納得しがたい話だ。 「でも、元々は君の母親が―」 そう言い掛けて、萩山悟は言葉を飲んだ。 「俺の母親が、俺の存在が萩山家をめちゃくちゃにした」 それは、わかってる。 「いや、すまない。違う、違うんだ」 自身にも言い聞かせるように言う萩山悟。 「…天宮さんの言うように―」 萩山悟のその言葉に、胸を掴まれる。 「真白?」 なぜ、今、真白の名前が出てくる? 「…彼女、麗美ちゃんに言ったんだよ」 萩山悟はそう言って、真白が麗美さんに話した言葉を教えてくれた “深すぎて……謝られても気持ちのおとしどころが見つからない” 真白は涙を流しながら麗美さんにそう言って、 “だけど…アナタを恨んだところで…また違う恨みが生まれる…” 未来を懸念し、 “私は、アナタと同じ土俵には上がらないっ…” と麗美さんを突き放し、 “アナタの赤ちゃんを抱いた時に…それだけは思った…っ” と話したと言う。 何の運命の仕業なのか、真白は麗美さんの出産に立ち会ってしまった。 誰から聞いたわけでも、真白がそう話したわけでもないけれど、真白は麗美さんの子を抱いている。 “あの子に罪はない” と真白は麗美さんに言い、 “罪を背負わせずに…アナタの罪はアナタが償って…っ“” と訴えたらしい。 「彼女の言葉は麗美ちゃんに相等のダメージだった。母の恨みを聞いて育った私や、その闇に飲まれた麗美ちゃんにとって、天宮さんの言葉は正に刃だった」 真白の気持ちを思うと、胸が張り裂けそうだった。 「だけど、同時に救いだった…」 萩山悟は声を震わせてそう話した。 俺は、彼を見る。 項垂れて、それでも両手を祈るように組む彼の手。 「譲には…罪を背負わせたくない」 その言葉に、俺は思わず席を立った。 「本当に勝手なことを言っているのはわかっているっ!だけど、譲に恨みや闇を受け継がせたくない。全て私達の代で償いたいっ!」 グッと拳を握る。 行き場のない感情が込み上げてくる。 「あの子の為なら、地獄におちてもかまわない―」 「なら地獄におちてくれっ!!」 俺はそう叫び、抑えきれない感情を掻き消すようにテーブルの上の物を薙ぎ払う。 皿やシルバーカトラリー、グラスやテーブルの真ん中にあった小さな花挿しも音を立てて絨毯に落ちた。
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