4. エール

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寺のベンチに腰を掛け、自販機で買ったペットボトルの炭酸ジュースを一本ずつ飲んだ。 そこから望む奈良の景色を眺める。 後ろの方から寺の鐘の音が聞こえる。 「鹿、いねぇな…」 奈良に来たのははじめてだった。 ポツリと言った俺の言葉に、冷めた目で大竹が見る。 「鹿は奈良公園一帯地域にしかいないんだよ。ここから奈良公園までどんだけ離れてると思ってんだよ」 「知らないよ。土地勘ねぇもん。遠いの?」 「お前…そのポケットに入ってるスマホでググれ」 大竹が匙を投げる。 「奈良には鹿が溢れてると思ってた…」 「お前、奈良県民に怒られるぞ?」 大竹が呆れる。 俺は笑った。 「…真白がさ」 俺は思い出して思わず話してしまう。 「奈良の鹿の糞と、広島の宮島の鹿の糞の形が違うらしいって興奮して教えてくれたことがあって…」 思わず思い出し笑い。 “恭ちゃん恭ちゃん!知ってる!?” めちゃくちゃ興奮して教えてくれた。 「真白ちゃん、どこで知ってきた?その情報」 「あぁ~…なんかクライアントの連れてきた子供を子守りしてって、その子が教えてくれたって」 “恭ちゃん、男の子って面白いね~。あれくらいの子って、うんことかおしっことか大好きなの?その子めっちゃ詳しいの” 笑顔で話してくれていた。 “行って確認したいね。あれだけ熱弁されたら気になっちゃうよ~” 「いつか奈良と宮島に旅行して、確認してみようって…」 そんな話をした。 「へぇ~」 そんな話をしたのに、結局、旅行にも連れて行ってやれなかった…。 額の汗を拭う。 「お前さ…」 「うん?」 「子供…一生持たないつもり?」 大竹に問い掛けられた。 ビックリして真顔になって、そして、苦笑い。 ジュースをもう一度開けて飲む。 そして、大竹の顔を背けて、空を見上げた。 「…真白はいい母親になると思う」 何にでも一生懸命で、チャレンジして、強さと優しさを持っている。 そんな彼女が、俺に懇願した。 “私に…命を授けて” “私に…宿して” でもそれは、また、彼女を苦しめることになると思った。 「俺じゃ、真っ白な幸せは与えてやれない…」 ポツリと言った。 「恭一郎…」 呼ばれて大竹を見る。 「今は真白ちゃんのことしか想えないかもしれない。でも真白ちゃんと別れたことで、全てを諦める必要はないだろ?」 大竹はいつになく真剣な眼差しで話した。 「いつか、誰かと……そう思って未来を見れないか?」 「……」 「お前だって…いい父親になれると俺は思う。お前みたいな面倒見のいい男、俺は知らねぇよ」 そんなこと、考えもしなかった。 真白以外の誰かと? “恭ちゃん” 俺を呼ぶ真白の笑顔。 少しだけ風が通る。 「悪い。立ち入ったことだった」 大竹はそう言って立ち上がった。
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