4. エール

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その日の昼から、奈良にある酒蔵を訪ねて契約を交わしていた。 2度目の訪問だったらしい。 何とか1件は成約出来て、大竹は上機嫌で高速を走らせて神戸へ向かっていた。 「やっぱ嬉しいもん?」 「そりゃ、まぁ。だけど、これを店で売れるように販促するのが次の仕事」 「なるほど。しっかり家業が板についてるな」 「高校卒業してからだから、もう12年になる」 「あれ?お前もう30?」 「誕生日5月だから。お前は……明日じゃかった?」 言われて思い出す。 俺が明日誕生日なら、その一ヶ月前は真白の誕生日だ。 俺達はちょうど1ヶ月違いの誕生日だった。 真白の誕生日を忘れるなんて…やっぱり俺はどこかおかしい。 ただ、覚えていたからって、何かしてやれるわけじゃない。 「どした?」 大竹に聞かれて、ハッとする。 「いや、真白とちょうど1ヶ月違いだったから…」 「何が?」 「誕生日」 「……お前」 大竹は何か言い掛けて言葉を飲み込んだ。 そこから暫く会話はなかったものの、突然大竹は高速道路を降りた。 そして何を思ったか、何車線もある道路をぶった切るように車線変更して、何かドデカい商業施設のような建物を通ったかと思ったら、どこかの高架下に縦列駐車した。 「ここ、どこ?」 「降りろ」 「はっ?」 「降りろ!」 ワケわからず、言われるがままシートベルトを外して外に出る。 目の前は新宿通り並みに人が行き交ってる。 「スマホと財布は?」 運転席から助手席の方に身をのりだし、問い掛けてくる大竹。 「えっ?あるけど」 スマホと財布をパンツのポケットから出して見せた。 「よし。じゃ、今から別行動な」 「はっ?」 「お前、少しは自分のことを考えろ!!いいか!?今のお前は、無職のプー太郎だからなっ!ここで自分自身を見つめ直せっ!」 「ハッ!?ちょっと待て!ここどこだよ!?」 「事件被害者だろうが、失恋しようが、職なくそうが、ケガしようが、生きていかなゃなんないんだよっ!いいかっ!?人の心配ばっかしてねぇで、自分の心配してろっ!」 大竹はそう言ったかと思うと、バンッと扉を引いて閉めた。 「はっ!?おいっ!!大竹ふざけんなっ!」 俺は窓ガラスを叩く。 それでも大竹は動じず、ウィンカーを出して発車し行ってしまった。 「おいっ!ここどこだよッ!?」 勢いよく走って行った大竹の軽ワゴンはあっと言う間に見えなくなった。 思わず舌打ち。 「アイツ……何考えてんだよっ」 歩道には人が多く行き交っていた。 一連の流れを全部見る前に、その人達は通り過ぎて行くから、俺がどんな状況かはわからないだろうが、異様な感じにチラチラ見られた。 とりあえず、その人の流れに入ってみる。 その流れに乗り高架下を出ると、見たことあるカウント電光掲示板付き横断歩道。 「すみません、ここ、どこですか?」 目の前を歩く女子高生二人に思わず聞いてみた。 「えっ…梅田ですけど?」 「梅田?」 「あっちが阪急、こっちがJRやけど…」 彼女達は半笑いで去ってった。
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