4. エール

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さっきの女子高生から貰ったヒントで、JRの方へ歩くと駅に入れた。 ものすごい人の行き交う流れに外れて、端に寄って周りを見渡す。 その目の前がJR大阪駅の改札口で、そこが東口なのはわかった。 ほんの数時間前は寺から奈良を一望した大自然に居たはずなのに… 「何だよ…マジで」 呟かずにはいられなかった。 本気で置いて行きやがった…。 カフェを見つけたものの、密集度が高そうで入る気にはなれず、テイクアウトのアイスコーヒーを購入して、外でそれを飲んだ。 大阪には全く来たことがないわけではなかった。 だけど、土地勘はないに等しい。 ないに等しいけど、新城代表が大阪に出店するかもって話で資料を見た記憶はある。 “大阪駅すぐの茶屋町で居抜き物件だ。広さも十分ある。手を加えてイデアルカラーに染める” 新城代表が言っていた話を思い出す。 「…茶屋町」 スマホを出して検索。 確か、青山の人気サロンも茶屋町に出店したと聞いていた。 少しは、見てみたいと思った。 スマホで検索して、さっき女子高生が教えてくれた“阪急”の方向に茶屋町があることがわかった。 Googleを頼りに、俺は新城代表や青山の人気サロンが選んだ茶屋町を見てみたいと探し歩いてみた。 途中迷子になりかけながらも、ヘアサロンが目に入ったら、足を止めて覗いてみた。 客の入りや、機材、商品を見て、見えそうであれば中のスタッフの様子を伺う。 気になれば、Googleの道案内を中断して、店を調べた。 店を調べて、グループ系列なのかどうか調べる。 求人がヒットすればわかりやすかった。 大体時給や給与を見れば、店の規模もわかる。 目的の茶屋町にはヘアサロンの激戦区なのがすぐにわかった。 とにかく歩けばヘアサロンを見つけられた。 夏休みの平日の夕方。 客入りもよさそうだ。 ガチャガチャしたところではあるが、一本路地に入ればまたこじんまりとしたサロンもある。 商業施設にも大きなサロンが入っていた。 ガラス張りで中が見えた。 扱っている商品はCharmeのヘアケア商品。 値段単価を見たり、客層も見る。 スマホで店を検索して詳細を確認。 イデアルがもし茶屋町に店を出していたら、多分市場競争になる店だろうと推察。 そんなことを考えて、ガラス張りの中の接客の様子を眺めた。 大竹の髪を切ってから、うずきは感じていた。 髪を切った感触が忘れられない。 シザーを握る喜びが、まだ自分の中にあった。 でも… 本当に、美容師に戻れるのか、自信はなかった。 知らない人間の髪や地肌に触るこの職業。 電車で臭いに反応した時のような症状が出ない保証はない。 パッと開いた店の大きな扉。 スタッフが客を見送る。 店の音が、より近くに耳に入ってくる。 思わず背を向けてその場を去った。
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