4. エール

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宛もなく歩いた。 右も左もわからないような場所を、ただ道なりに歩く。 気付いたら大阪駅に戻っていて、ラッシュの時間になったのか、さっきよりも人が増していた。 そのうねりのような人の流れの中に居る自分が、その流れに着いていけずに、何人もの人とぶつかる。 視界が歪むような感覚。 水中にいるようなボヤけた感じ。 「大丈夫?」 声を掛けられ、ハッとする。 それは母親世代くらいの女性からの問い掛けだった。 「顔色よくないし、フラフラしてるで。体調悪いの?」 心配そうに俺を見上げ覗く。 小柄で小さな女性なのに、俺を掴んで人の流れから離脱して端に寄る。 「私、看護師やから。今にも倒れそうな様子に声掛けさせて貰ったんよ」 なるほど。 「お酒飲んでるわけでもなさそうやし、どないしたん?」 「いえ、ちょっと体調が悪くて…」 「持病とかあるん?」 「いえ…あっ…いえ…」 PTSDのことが頭を過ったけど、言わなかった。 その女性は、俺の顔色が戻るまで側に居てくれた。 「ここの先のエレベーター上がったら地上に出るんよ。それで、またエレベーターがあって、上に上がったら庭園があるから、そこなら人もそんなにおらへんわ」 女性は外の風に当たりたいなら、そこへ行けばいいと教えてくれた。 俺にペットボトルの水を買ってきてくれたり、とても親切な方だった。 頭がまわらなくて名前も聞かなかったけど、 「頑張りや、若いうちは色々ある。それが先への原動力や」 と話してくれた言葉は忘れられない。 気分が落ち着くと、お礼を言って別れ、上へ昇り庭園へと行ってみた。 夏特有の夜の生ぬるい風。 それでも人混みの中に居るよりかはよかった。 静なとこはホッとする。 基本的には人と過ごすのが好きだった。 それは中学か高校くらいの時から。 人とつるむのが好きになったんだ。 一人になってホッした時は、母親の再婚相手が家に居た幼い時。 そして、今。 人と居るより1人の方が気が楽になった。 自分が後退したような気さえする。 何が本当の自分かわからない。 今までの自分が嘘で、今の俺が本物なのか。 そんな風にさえ思った。
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