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――……
「…大阪に?」
東京を離れて大阪に出てみようと、九条先生に相談したのは真白が退院したと矢沢から聞いたすぐ後だった。
「はい。裁判が終わるまではこちらに居た方がいいですか?」
「いや、君に拘束義務なんてないよ。どこへ行くのも自由だから。でも、どうして大阪に?」
「先週、友人に誘われて関西に行ったんです」
俺の話を、九条先生は真っ直ぐ聞いてくれる。
「そしたら“人”がみんな優しくて…。行った先々で親切な人に触れて、いいとこだなって思って…」
「いや、でも…」
「たまたまなのはわかってます。でも、直感って言うか…」
人が苦手になりかけていたのに、優しさに触れて、温かくなったのは確かだった。
「東京で一からやり直すより、少し離れた方がいいかもって思ってたので、いい機会な気がして…」
「そう…。医者はなんて?」
「あっ、はい。昨日受診して相談しました」
ちょうど受診日だった昨日に、担当医に相談した。
「今の状態で焦りは禁物だって言われましたが、何かやりたいって気持ちは大切だって。だけど、環境を変える危険は沢山あるみたいで…」
「そうか…」
「それでも、やってみたいって思ったんです」
俺の言葉に九条先生は何度も頷いて理解を示してくれた。
「もちろん、こちらにもちょくちょく帰ってくるので…」
「うん。わかったよ」
九条先生は優しく微笑んでくれた。
気掛かりなことは、ひとつだけ…
俺は来客室のブラインド越しに、真白のデスクを見つめる。
「天宮君、風邪を拗らせてね…」
「はい…」
「知ってたの?」
俺の反応に九条先生が問い掛ける。
「はい。入院した日に聞いて…会いに行きました」
「そうだったのか!話せたの?」
少し嬉しそうな顔をしてくれた。
「いえ…眠ってたので…」
でも俺のその言葉で、九条先生は察したようで、直ぐに元の表情に戻った。
「真白がどんな想いで俺から離れて行ったのか、わかりました」
「墨君…」
「結局、全部背負わせちゃって…ホントに申し訳なくて…」
真白の手を握った手を見つめる。
「墨君、自分を責めてはいけないよ」
九条先生の言葉に小さく頷く。
「腐ってられないと思ってます…」
真白の真意を知ったんだ。
腐ってるわけにはいかない。
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