5. 君の真意を知る

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美容室独特の香りが、気分を落ち着かせた。 アルコールの匂いから、発作に結び付かなかった。 それにも少し、ホッとした。 店の端にあった回転椅子に腰掛けて、店全体を見渡す。 スタイリングチェアは2台。 シャンプー台も2台。 こじんまりとした店だ。 小さいときから変わらない。 ずっとこのままで、母親が一生懸命ここで働いているのを見ていたのは事実だ。 暫くして、母親が顔を出した。 「ここに居たの?」 母親はそう言いながら店舗に降りてきて、スタイリングチェアに座って天を仰いだ。 「…慶次郎は?」 「知らないわよ。あんな犯罪者」 溜め息が出る回答だった。 「昔から私のことを嫌ってた…あの子に私は必要ない」 母親はそう言ってワゴンからブラシを取って、自分の髪のケアをはじめた。 「それは、萩山孝一の奥さんや慶次郎の父親との修羅場を見せたからだろ?」 「私が悪いの?」 手を止めてこちらを振り向いて言う。 「恭一郎、私が悪いと思ってるの?」 なぜか涙を溜めて。 「孝一さんとは別れてから何もなかったのよ?彼が勝手に会いに来た。それを慶次郎と慶次郎の―」 「母さん!!」 俺は母親の話を止めた。 「もう、その話は聞きたくない」 俺が拒否すると、また母親の目が潤む。 「そうだったね…。聞きたくないよね。種馬扱いした挙げ句、子供はしっかり手に入れて…」 昔からこうだ。 だから、話すのもあまり好きじゃなかった。 「その話もしたくない」 下を向いて目を瞑る。 俺の様子に気付いた母親は、俺の側に寄ってきた。 「恭一郎、ごめん。酷いこと言っちゃったね。大丈夫?」 母親は俺の肩に手を当て、擦る。 「今日は……真白ちゃんと一緒じゃないの?」 問い掛けられて、母親の手を払う。 「あの子、いつも美味しいお土産持ってきてくれて―」 「真白はもう来ないよ」 俺は立ち上がり、少し前に出て備品ワゴンの上にあるヘアピンを触る。 「えっ?なんで?」 「なんでって…」 思わず俺は失笑。 「捨てられたの!?他所に子供が出来たからって!?そうなの!?」 母親は俺の腕を掴み迫ってくる。 「母さん」 「恭一郎は被害者だよ!?浮気した訳じゃないんだよ!?何で!?」 「母さん!」 「どうして恭一郎が捨てられるの!?」 「違うっ!勝手なこと言うなッ!!」 思わず腕を振り払い声を上げた。 「恭一郎ッ!?」 母親は驚いていた。 「真白と居て辛かったのは俺で、俺が根を上げたんだ…」 「責められたの!?」 母親の発想に呆れる。 「真白はそんな子じゃないよ」 「でも、じゃぁ、なんで別れるの!?」 「二人とも潰れそうだったからだよ」 「なんで!?」 「なんで?」 発想の乏しい人間だと思った。 「他に子供がいるんだぞ?普通に考えて堪えられるか?」 問い掛けてみた。 「恭一郎が悪いんじゃないじゃないっ!そこは我慢して貰わなきゃ仕方ないこと―」 「俺が堪えられないんだよっッ!!」 母親の言葉を遮り、言った。 意味がわからないのか、黙る母親。 「真白に…ずっと子供の存在を気にさせなきゃならない。それがどうしても…堪えられない。させたくない…」 俺の言葉に母親は涙目になる。 「恭一郎、アンタ…」 「真白は、俺の側にずっと居てくれるつもりだった…。だけど、俺が無理だった…。真白に背負わせることを考えたら、頭がどうにかなりそうで…」 また気分が悪くなる。 額に手を当てて、ため息を吐いた。
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