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夜、仕事が終わった大竹も同席してくれて、東京を離れる話を居間で母親と慶次郎にした。
反応は予想通りではあった。
「なんで!?なんで恭一郎が東京を出ていくの!?アンタは被害者なんだよ!?」
母親は取り乱し、
「……」
慶次郎はノーコメントだった。
「イデアル辞めることになったのだって、おかしな話でしょ?恭一郎は被害者なのに!」
「母さん」
「トップスタイリストだったんでしょ!?加害者の兄が経営してるから、だから!?だからクビになったんでしょ!?そんな話ある!?」
「母さん、違うから。俺から辞めたんだ」
「そう言う方向に持っていかれたんでしょ!?訴訟を起こしなさい!!」
「母さん」
「黙ってこのまま引き下がるなんてダメよ!!訴訟を起こしてそれなりの―」
「うっせぇーなッ!!クソババァっ!!」
慶次郎が声を上げた。
居間が静まり返る。
「…な、なんて口の聞き方なの?慶次郎」
母親が声を震わせて話す。
「うっせぇからうっせぇーって言ったの」
慶次郎は溜め息をつく。
「慶次郎、アンタは黙ってなさい。アンタと恭一郎は違うのよっ。アンタは仕方なくても、恭一郎は辞めなくても―」
「あのさぁ!」
慶次郎は母親の言葉に被せた。
「アンタ本当に頭空っぽだな。兄貴の気持ちとか考えないわけ?」
「えぇ?」
「普通に考えて、イヤだろ?加害者の兄貴の店とか、加害者が居た店とか、普通の神経だったらそんなとこでずっと働けない」
「だけど―」
「だけどって言えるのは兄貴だけ。アンタに関係のない話だろ。少しは黙っとけよ」
慶次郎の言葉に、母親は唇を噛み締める。
慶次郎はそんな母親の反応にまた溜め息をついた。
居間の丸いローテーブルに大人4人、異様な空気。
「まぁ……もう辞めたから。イデアルには育てて貰ったし、感謝もしてる。新城代表に訴訟なんて有り得ない」
俺は静かに母親に言った。
「…どこに行くの?」
母親の問い掛けに、
「それ……聞かないで貰っていい?」
と俺は答えた。
みんなが俺を見る。
「行き先を言わないで出ていくの?アンタ、母さんを捨てるの!?」
「そうじゃない」
「じゃぁ!行き先くらい言ってちょうだい!居場所を知らせなさい!」
俺は首を横に振る。
「恭一郎ッ!」
母親が俺の側に近付いて腕を掴んだ。
「家族なんだよ!?そんな話がある!?」
涙を溜めて訴える母親。
「家族…」
ポツリと言う俺。
「そう!家族でしょ!?行き先も知らせたくないなんて…そんなことっ」
母親の声は、今の俺の頭に酷く響く。
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