6. 旅支度

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俺は思わず、母親の掴んだ手を振り払った。 「もう…勘弁してくれないか」 溜め息を吐くように俺は言葉が出た。 こんな風に言葉にしたことはなかった。 「今まで、ずっと…家族だからって思ってた。でも、今の俺には無理だ…」 誰の目も見られなくて、俺は下を向いたまま呟くように話した。 「恭一郎?何?無理って…何が…?」 母親は意味が理解できないと言うように問い掛けてくる。 「家族って何?」 母親を見て問い掛けた。 「家族はお互い支え合って、分かち合って…運命共同体みたいなもんでしょ!?」 「それ…いつから?」 俺の問い掛けに、母親は眉をひそめた。 「分かち合うって…母さんはずっと俺に“萩山孝一”の存在を話さなかった」 「それは恭一郎のことを思って!」 「その結果がこれだよ」 俺の言葉に母親は言葉を飲み込む。 また静まり返る居間。 俺は少し離れた場所に置いていた鞄を引き寄せ、中から通帳と印鑑を出してテーブルに置いた。 母親はすかさずその通帳を手にして中を開いた。 「200万入ってる。慶次郎のお父さんに使ったらいい」 俺の言葉に慶次郎が俺を真っ直ぐに見て、眉間にシワを寄せた。 「悪いけど…これが精一杯だ」 「恭一郎が慶次郎のお父さんにお金を出す必要なんてないんだよ!これをあの人になんて―」 俺は母親から奪い取り、慶次郎の前に出し直した。 「お前が持っとけ」 不満そうにした母親が何かを言う前に俺は慶次郎に言う。 通帳を見つめる慶次郎。 「受け取れない」 慶次郎は俺から目線を下にして言った。 「兄ちゃん…父さんにそんなことする義理ないだろ?」 「10年近く育てて貰った」 俺の言葉に慶次郎は下を向いたまま首を横に振る。 「父さんは……兄貴に酷いことばかりしてた」 「食うのに困らなかったのは、あの人のおかげだ」 それでも慶次郎は首を横に振る。 「俺…最近まで知らなかったんだ。高校に通えたのは兄貴のおかげだって。バイトばっかしてたのは、俺の学費の為だったって。俺、てっきり父さんが出してくれているとばかり…」 慶次郎は項垂れたまま話した。 「あの人は稼ぎの少ない仕事だったから、私学に入ったからってプラスでくれてたわけじゃない。慶次郎があの私学に3年間通えたのは、恭一郎のおかげだよ。だから、恭一郎があの人の為にお金を出すことないんだよ」 母親が吐き捨てるように言った。 そして通帳に手を伸ばそうとしたその手に触れられないように、俺は通帳を母親から遠ざけて、慶次郎に渡す。 「受け取れない」 そう頑なな慶次郎に、 「家族だろ?」 と、俺は問い掛けた。 その言葉に慶次郎は顔を上げて俺を見ると、みるみる目を潤ませた。 「それを守ってたのは、兄貴だけだ…」
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