6. 旅支度

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「もう、俺を当てにしないでくれ…」 俺の言葉に、母親は表情を歪めていた。 「私がアンタをいつ当てにしたの!?お金の無心なんてしたことないでしょ!?アンタが勝手にやってきたんじゃないッ!」 母親は顔を真っ赤にして怒鳴るように言う。 俺はそれを冷静に眺めていた。 きっと、伝わっていないことは昔から気づいていた。 「アンタが勝手にやって、勝手に苦しんで―」 「いいかげんにしろよッ!」 母親の話を遮り、声を上げて立ち上がったのは慶次郎だった。 「それに助けられてたのは誰だよ!?兄貴の金で助かってたのは誰だよ!?」 「アンタが言う!?アンタの学費だったのよ!?」 「そうだよ!俺とアンタとで食い潰したんだっ!」 「一緒にしないでっ!!」 「俺、知ってるからなっ!」 慶次郎が母親に迫る。 「金がないないって、散々兄貴に愚痴ってた!兄貴がバイトではじめて貰った給料も、兄貴が差し出したのを躊躇わずに貰ってたっ!」 「それは、うちが母子家庭で―」 「酒飲んでたろ!?」 「少しの息抜きも許されないわけ!?」 「子供の金で酒飲む母親なんて普通じゃないからなっ!!」 慶次郎が母親の胸ぐらを掴み掛けて、俺は立ち上がり間に入った。 「慶次郎、もう、いいから!!」 「よくないっ!!」 真っ赤な目で俺を見る慶次郎。 「この女は、察して欲しい感じで話して、兄貴みたいな人間を利用するんだよっ。散々助けて貰っておいて、勝手にしたなんてよく言えるよなっ」 「察して欲しいなんて私は言ってないよ!」 「そうだよ!だから余計たちが悪いんだよっ!!アンタはそうやって、他人任せで放任でそのくせ人一倍人に寄生してるっ!」 今にも殴りかかりそうな慶次郎を必死で止める。 「兄貴だって、こんなくそ女に金なんか渡すからダメなんだよっ!!」 満身の力で、慶次郎は俺や母親を振り払った。 「さっさと捨てたらいいっ!!こんなクソみたいな家族…捨てたらいいっ!!」 声を張って言った慶次郎。 「俺が、兄貴から…真白ちゃんを奪った……」 息を上げながら、慶次郎は小さな声で言う。 「真白のことは―」 「俺、知ってるから。別れたこと」 慶次郎は俺の説明を聞かずに言う。 「もう、子供じゃない。俺だって、わかるから」 震えた声で慶次郎は俺を見つめて言う。 「兄貴、心因性の病気じゃないの?」 問い掛けられて、母親も俺を見たのがわかった。 「大竹さんの対処を見て、二日酔いとかそんなんじゃないって思った」 慶次郎の言葉を聞きながら、こんな時なのに、いつまでも子供だと思っていた慶次郎の成長を感じずにはいられなかった。 「恭一郎…病気なの?」 母親が問い掛けてくる。 「…PTSD…心的外傷後ストレス障害って診断された」 俺は正直に答えた。 「精神的な病気でしょ?すぐ治るんでしょ?」 母親に迫られるも、 「いつ治るかわからない」 と言った。 「そんな……!アンタは強い子だったじゃないの!精神的なものなら、少し頑張ったら、また元に戻るから!」 母親はどこまでも予想通りの言葉を言う。 ある意味、安定感はある。 「母さん……俺は、強くなんかないよ」 俺の腕を掴んで見上げる母親に、そう告げる。 「小さな優しさに触れて、自分を奮い起たせていた。いつか抜け出せると思って…」 母親の手が、俺の腕から離れる。 「慶次郎の親父に真冬に裸足で外に出された時…母さんが、靴をそっと出してくれた。食事を与えて貰えなかった時、内緒で小さなおむすびをくれた…。どんな時も、希望があったから…頑張れた…」 成長して、外の世界を知って、自分の未来を夢見た。 「俺はいつも…臆病で、でも抜け出せるって信じて頑張ってきた。強かったわけじゃない」
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