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真白は、瑠璃さんを一切悪く言ったことがない。
俺が、真白から学んだ大事な気持ちだ。
「お前に、恨みなんてないよ」
俺の言葉に、慶次郎は大きく息をして、涙を堪えた。
俺は慶次郎の肩を叩いて、立ち上がる。
「兄ちゃん、これっ!」
通帳と印鑑を持って立ち上がり、俺に差し出す慶次郎。
俺はそれをジッと見つめ、小さく頷いた。
「やっぱり、それ、慶次郎にやるよ」
「だから、兄ちゃんは親父のことなんか―」
「親父さんにやるんじゃない。慶次郎にだ 」
俺の言葉に戸惑う慶次郎。
「日雇いはやめろ。ちゃんと職につけ。そしたら、介護費用も何とか捻出出来るだろ?」
日雇いで食い繋ぐなんて、ギャンブルに等しい。
「真白だって、慶次郎には腐って欲しくないはずだ。だから、ちゃんと立ち直ってくれ」
「…」
「なっ?」
慶次郎はギュッと目を閉じて小さく二度頷いた。
「この金は、立ち直る為に使えばいい。何もなしじゃ、行き詰まるだろ?お前の判断で使えばいい」
「…いつか返す」
俺は首を横に振る。
「返すっ!!」
真っ直ぐに見つめられて言われて、その目が力強かった。
それを目標に頑張れるなら、それがいい。
俺は軽く何度か頷いた。
結局、母親を待たずに俺は帰ることにした。
玄関まで見送ってくれたのは慶次郎。
「慶次郎…」
靴を履きながら、言おうか言うまいか悩み、やっぱりと思い立つ。
「母さんのこと…」
「わかってるよ」
全部を言う前に慶次郎が言った。
「あの女、嫌いだけど、一応母親だし…ここ住まわせて貰ってるし…干渉はしないけど観察はしとく」
背中を掻きながら慶次郎はそう話してくれた。
有り難いと思った。
「…頼む」
俺の言葉に慶次郎はまた苦笑い。
「なんか…兄ちゃんらしいね」
「えっ?」
「兄ちゃんが、簡単に家族を捨てられるような人間なら…兄ちゃんはこんなに苦しまなかったと思う」
「慶次郎…」
「でも…そしたら、今の俺は居ないと思う…」
そう言って貰えたら、俺が頑張った意味がある。
「…元気で」
最後に慶次郎はそう言って送り出してくれた。
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