6. 旅支度

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東京を離れるのは再起を賭けた挑戦。 そう言えば聞こえはいいけれど、どこか知らない場所に逃げたかった気持ちも本当はあった。 家族とも距離を置き、真白にも簡単には会えない、誰も頼れない場所。 それが、ヘタレな俺の精一杯の挑戦だった。 今の自分がどこまでの追い込みに対応できるかわからないけれど、とにかくやってみることにした。 自由席の空いている席を見つけて、荷物棚に収納。 3人掛けの窓際に、初老の男性が腕を組み座って寝ていた。 横2席は空いている。 真ん中の席を開けて、通路側に着席する。 小さな息を吐き、落ち着いた。 新大阪まで4時間近く掛かることになる。 スマホに到着時間10分前のアラームをセットする。 出来たら寝て過ごしたいと思って、昨夜の睡眠は減らしていた。 そのうち眠気がくるだろうとスマホのニュースを確認する。 目を閉じて眠気を待つのは、余計なことを考えてしまうので避けていた。 スマホ画面のニュースを眺めながら、気になったニュースをタップして内容を読んだ。 新横浜に到着して、また自由席に何組か入ってきた。 横浜……真白は実家に帰ったと聞いた。 体調はすっかりよくなっただろうか…。 赤ん坊の泣き声でハッと我に返る。 斜め前の席に、赤ん坊をあやす女性の姿。 まだ産まれて数ヵ月くらいだろう。 …赤ん坊。 麗美さんの姿が脳裏を過った。 俺は麗美さんが産んだ子供を見ていない。 見る必要も、今後会うつもりもないのだけど、目の前にいる赤ん坊が妙にリアルに想像させる。 動悸のようなものを感じて、目をそらして下を見た。 考えたって仕方がない。 俺には関係ない。 そう言い聞かせるように自分の気持ちを静める。 赤ん坊の泣き声が、耳につく。 麗美さんの暴挙で、真白は麗美さんのお産に立ち会っている。 彼女は子供を抱いている。 真っ赤に染まった手や服のまま、真白は救急車を見送っていた。 赤ん坊を抱いた手を下ろすことも出来ずに… 俺はあの時、真白に何の声も掛けてやれなかった。
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