7. 光の射す方へ

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新幹線で出会った初老の男性は中林吾郎と名のる、ダンディーなおじさんだった。 年齢を聞いて驚いた。 69歳だと言う。 見た目から50代後半だと想像していた。 東京に用事があって、神戸に帰る途中。 「のぞみの方が新神戸まで早いですよ?」 「わかってるんやけど、あんまり速いのは身体が着いていかへん気がしてな。時間ある時は身体に優しくこだまで帰るんや」 わかるようなわからないような理由だった。 「アンタこそなんで?」 「…今、無職で時間あるんで」 俺もわかるようなわからないような理由を答えた。 「昔、美容師をされていたんですか?」 「アホ言うな。現役や」 「あっ、すみません」 「謝らんでもええわ」 中林さんは優しく笑いながら、サイドに置いていた鞄から酎ハイを出した。 「飲むか?」 差し出された缶酎ハイ。 「あっ、酒は飲めなくて…」 「飲めそうな顔してんのに、下戸かいな」 中林さんはそう言いながら鞄にそれを仕舞う。 「あっ、気にせずに飲んでください」 気を使わせたら悪いと思ってそう言ったけど、 「俺はワインと日本酒専門やねん。炭酸あかんねん」 じゃぁ、なぜ、持ってる? 「貰いもんや」 そう言って笑った。 貰い物をくれようとしてた? 俺も思わず笑った。 「おっ、笑ったら余計に兄ちゃん男前やな」 気さくなおじさんで、こんな調子で俺と他愛ない話を続けてくれた。 さっきまで苦しかった気持ちが消えていた。 「アンタはいくつや?」 「30になりました」 中林は目を見開いた。 「あっ、見えませんか?」 「…いや、まぁ、そうやな、もうちょい若く見えたわ」 俺を見て微笑む中林さん。 「まだまだ若いなぁ…」 「そうですか?」 「そや。まだ夢叶う歳や」 そう言って貰えると希望が見える。 新大阪までの時間を、他愛ない話で過ごした。 ずっと話していたわけじゃないけれど、会話をして少し休憩してまた話す。 気を遣う感じでもなく、自然な空気だった。 もっと話したいと思うような、不思議な感覚。 だけど、新大阪の到着でその時間は終わる。 「色々お話、ありがとうございました」 「いや、アンタのおかげで楽しい時間やったわ」 そう言われて握手を求められた。 俺はその手を取って握手した。 「大阪で再出発か?」 中林さんは何かを察したのか、そう問い掛けてきた。 「…はい。そんな感じです」 「頑張りや」 座席に座ったまま、荷物を持って立つ俺にエールをくれた。 「…はい」 俺は軽く一礼して、その新幹線を後にした。
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