7. 光の射す方へ

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大阪での仕事探しに、そこまで時間はかからなかった。 自分の条件はただ1つ、寮完備。 とりあえず、求人広告で一番最初に見つけた寮完備のサロンに応募してみた。 土地勘があるわけでもないし、選り好み出来るほど情報を持っているわけでもない。 大阪のミナミに本店を持つその店での採用面接は、僅か5分で終了。 一発合格だった。 履歴書をザッと見たオーナーが、その後の俺との雑談で即決。 こっちが不安になるくらいのスピード採用だった。 3ヶ月は研修期間になるものの、その後は正社員。 オーナーからの注文は、 「関東弁は冷たく感じることもあるから、お客には優しい話したってや。うちは優しさが売りやから」 とのことだった。 その意味を理解するのに時間は掛からなかった。 俺の配属された店舗はミナミの繁華街にあるサロンで、夕方までにどっと夜勤務の女性がヘアセットにやってくる。 それは異様な光景にも見える。 リサーチしなさすぎた。 だけど、それで辞めるわけにはいかない。 とにかく、1年くらいは最低ここで学んで、土地を知ろうと思った。 寮は勤務先から徒歩15分のところにあり、6畳ワンルーム。 仕事は週5~6。 それに不満はなかった。 仕事上、女性と話すことは馴れていたものの、地域が違い、またイデアルの客層とは大きく違っていて戸惑いはあった。 「墨君、いくつなん?」 勤務して1ヶ月くらいで、指名してくれるお客様も現れた。 その女性客にある日問い掛けられた。 「いくつに見えます?」 俺は髪の毛をコテで巻き上げながら問い掛ける。 「う~ん…25!」 「そんな若く見えます?」 「えっ?じゃぁ28?」 俺は笑って首を横に振る。 「いくつなん?正解は?」 鏡越しに見上げて彼女は問い掛ける。 「30です」 そう答えると彼女は目を見開いた。 「なんやぁ!年上やったんやぁ!みんなでいくつかなぁ、言うててん」 彼女はそう言って笑った。 みんなって誰? 「みんな?」 「あっ、その聞き方カッコいいっ!」 彼女はキャキャとはしゃぐ。 派手に巻き上げられた髪をアレンジして仕上げを急ぐ。 「彼女おるん?」 その問い掛けには笑って誤魔化した。 「仕上がりましたよ」 掛けていたクロスを取る。 「あっ、誤魔化したぁ~」 彼女は笑いながら出来上がりを鏡で確認する。 「今日も完璧やわ。また明後日もお願いねっ」 「お任せください」 会計に出入口のカウンターまで向かう。 会計のやり取りをして、出口まで見送った。 「いってらっしゃいませ」 夜勤務の女性への見送りの挨拶は、それで徹底されていた。 「うん。行ってくるわぁ。あっ、これっ」 彼女は俺の胸ポケットに、カードのようなものを入れてニコッと笑った。 そしてヒラヒラと手を降りながら階段を降りて行った。 胸ポケットからそのカードを出す。 『田村怜奈 080-XXXX-XXXX 連絡待ってます(ハート)』 まさかの連絡先だった。
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