7. 光の射す方へ

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藤木さんとの再会はそれから1~2週間経ってからだった。 なんと、勤めているサロンに俺指名の予約でやって来た。 「この間はどうも」 「こちらこそ!こちらに…」 セット台へと案内した。 「まさか来て貰えるなんて」 「どうしてもまた会いたなって、店聞いてたから予約してみたんです」 嬉しかった。 仕事終わりに来てくれたのか、22時の来店だった。 「風邪ひいたんですか?」 「えっ?」 鏡越しに藤木さんは俺の口許を指差した。 どうやらマスクが気になったらしい。 「あっ、風邪じゃないです。安心してください」 「いや、そんな意味ちゃうよ?」 「はい。元気です。ありがとうございます」 マスクを少しずらして素顔を見せた。 彼のオーダーはカットとカラーだった。 「どんな風に?」 「一切お任せします」 「えっ?」 驚いた。 美容師はそれなりに髪に拘りがあったりする。 「お任せ?」 「はい。ぜひ」 藤木さんは鏡越しにそう言って笑顔を見せた。 全体を見させて貰う。 “一切お任せ”って、彼が美容師なだけに何か試されてる気もする。 一般のお客様なら、カタログを見せて仕草や目の動きで好みを感じ取り、ある程度絞って提案するけど… 彼は目の前にあるグルメ雑誌を読み出して、何も注文しませんオーラを放っていた。 一瞬だけ戸惑ったけれど、気に食わなければきっと直ぐに自分で手直しするだろうと思った。 ならば、俺が1番似合うと思うものを提案した。 カラーは秋に向けての新色、まだパーマが残っていたから、それを生かしながらツーブロックにして、ヘアアレンジもしやすく前と後ろは髪を多めに残した。 「おっ!いいやん!!」 仕上がりを気に入ってくれたのか、笑顔が見れてホッとした。 お会計を終え、外にお見送りに出たタイミングで、向かい合った。 「なぁ、ここでずっと続けるつもりか?」 コソッと彼は俺に言う。 「えっ?」 「アンタ、墨恭一郎やろ?関東のイデアルグループに勤めてた…2年前の全日本選手権でグランプリ取ってあの年の賞総ナメやった、墨恭一郎やろ?」 詰め寄る感じに問い掛けられ、驚く。 「なんでー」 「ここはアンタの居る場所ちゃうで」 強く言われたその言葉に、自分の言葉を飲んだ。 藤木さんはチラッと俺の肩越しに店を見た。 「とにかく、時間ある時にここに連絡して。俺の番号です」 メモを渡される。 藤木さんはそう言って、階段を掛け降りて行った。 メモを持ったまま、店に戻ると、ガラス扉の向こうに森野さんが居てこちらを見ていた。 店に入ると、側に寄ってくる。 「マスク君、男にもモテんねんなぁ」 肩に手を回される。 「そんなんじゃないですよ」 メモをパンツのポケットに仕舞う。 「怜奈ちゃんの連絡先シュレッダーやのに、それは仕舞うんか~いっ」 森野さんに突っ込まれた。
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