7. 光の射す方へ

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仕事が終わって、寮に戻ったのは午前1時30分過ぎだった。 コンビニおにぎりが入ったビニール袋をテーブルに置いて、財布やスマホをパンツのポケットから出しながらテーブルに置く。 ポケットから出てきたさっきのメモ。 電話番号が書かれてある。 なんで…? そう思いながら、その場に腰を下ろした。 “とにかく、時間ある時にここに連絡して” 必死に言ってくれていた。 悪意があるような感じの人ではない。 明日の朝にでも連絡してみようか… とりあえず、番号を登録しようと、スマホを取って画面をタップする。 その画面に着信履歴が残っていた。 表示をタップすると、九条先生。 一瞬、手が止まる。 着信履歴はその1件だけ。 メールが1件。 開いてみると、九条先生だった。 『お疲れ様です。ご報告とお伝えしたいことがあります。折り返しご連絡お待ちしています。』 報告と伝達事項… 裁判のことだと思った。 こんな真夜中に掛けるわけにはいかない。 明日、朝一で電話しよう。 俺はメモに書かれた藤木さんの電話番号を登録しながら、自分の気持ちがまた不安定になっていく感じを感じていた。 いつまで…こんな日々が続くんだろう。 翌朝、あまり眠れないまま起き、10時に九条先生に電話した。 『もしもし?』 「あっ、お世話になっています。墨です」 『連絡ありがとう。元気ですか?』 「まぁ…はい、何とか」 そう答えると九条先生が少し笑った。 『ちょっと待ってくれる?場所を移動するから』 「…はい」 少しの間、耳に届くのは電話の向こうで移動している様子。 近くに、真白が居るのかもしれないと思った。 『…お待たせしました』 「あっ、いや、…いえ」 耳を澄まして真白を感じようとしていた。 平然を装う。 『まず、報告なんだけど、裁判の日が決まった』 ドッと胸が鳴った。 日付を言われてメモるけど、手が少し震える。 『彼女の場合、注目度もあるし、色んな事が複雑に絡んでいて裁判の進みがゆっくりに感じられるかもしれないけれど…』 「あっ、はい…。大丈夫です」 何が大丈夫なのか、そう答えた。 『…それで、どうしたい?公判には直接参加するかな?』 「…」 『もちろん、今まで通り君の代理で私は動くよ。 被告人質問も代わりに私が聴くことが出来るから。意見陳述もそう…』 「…少しだけ時間貰えますか?」 『うん…わかった』 時間を貰った所で、また悩むだけなのに、即決できない。 『ただ、世間的にも注目される部分でもある。リアルに被害者の苦しみを訴えるのは、裁判官や世論に与えるものがあるのは確かだ。ただ、やはり、リスクもある』 麗美さんが、薬を使い被害者に準強制性交等罪を犯したことは週刊紙で大きく取り上げられていたことは俺も知っていた。 ネット記事で見た範囲では“あんな美人に薬でヤられるとかラッキーしかない”とか“犯罪なの?俺なら立候補”とか“おいしすぎる”とか、男性性被害への理解なんか皆無に感じた。 俺が話した所で、何が変わるって言うのか…。 また面白おかしく騒がれるだけ。 気持ちは沈むばかりだった。
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