8. 四苦八苦

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「ねぇ…どうして連絡くれへんの?」 いつものようにヘアセットを施していると、田村怜奈さんにこそっと上目遣いで問い掛けられた。 俺はカールを外しながら、 「特定のお客様とプライベートで親しくさせて頂くことはしないんです。すみません」 と笑顔で言ってみた。 「それは、建前ちゃうの?」 「建前じゃないです」 コームを使いながらキレイに仕上げる。 じっと鏡越しに視線を感じたが、俺は目を合わせなかった。 そして仕上がったタイミングで鏡越しに視線を合わせる。 彼女は不機嫌な表情。 「仕上がりました。ご満足いただけませんか?」 俺の問い掛けに、彼女は何も答えずに立ち上がる。 そしてスタスタと会計へ。 俺は急いで会計の対応をした。 「アンタがはじめてやわ。連絡して来んかったん」 彼女は不機嫌に言いながら、トレーに一万円札を出した。 「ヘタれですみません」 そう言いながらお釣りを返す。 彼女はプイッと出口に向かったので慌てて扉を開けて見送った。 店の外に出た瞬間、彼女はこちらを向いて俺のマスクを剥ぎ取った。 「いい気にならんとって。東京から来て腕がいいからって調子に乗ってたら後悔するで!」 彼女はそう言ってマスクを投げ捨て、階段を急いで降りてった。 茫然とする俺。 何なんだ? 意味がわからない。 剥ぎ取り捨てられたマスクを拾い上げ、溜め息をついた。 女って……怖い。
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