8. 四苦八苦

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それから田村怜奈さんは、俺を指名するものの全く会話はなかった。 いつもスタイリング中は雑誌を読んでいて、終われば会計をして帰って行く。 女心は複雑なのかもしれないが、必要なことを話しかけても首を縦か横に振る返事しかない。 神経は使う。 ただ、ある意味距離感はしっかり取れたのだから、それでいいと思っていた。 裁判直前で正直気持ちはそちらの方がナーバスになっていた。 月のはじめにもう一度上京して細かい打ち合わせ。 悩んだ結果、遮蔽を入れて直接公判に参加することにした。 それがどんな物なのかも、九条先生は疑似体験させてくれた。 紹介された大阪の病院にも定期的に通い、とにかくベストコンディションで挑む準備を心掛けた。 闘うと決めた以上は、全力で。 そう挑んだ裁判で俺は失態をおかす。 証人尋問中に発作が起きて途中退席となった。 傍聴席側にも、被告側にも遮蔽を入れて貰い、十分に配慮されていたはずだった。 それなのに、同じ空間に居ると思っただけで、身体が無意味に凍えた。 相手の顔が見えない中、気配だけ感じる不気味な状態での尋問に、俺の精神はもたなかった。 情けない。
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