8. 四苦八苦

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「ほれ、水」 大竹に差し出されたペットボトルを受け取ろうとするも、手に力が入らなくてペットボトルは地面に落ちた。 「ごめっ…」 「大丈夫、座ってろ」 大竹は拾おうとした俺を制止する。 裁判所の休憩室みたいなベンチに座っていた。 心配で来てくれていた大竹が介抱してくれる。 大竹はペットボトルを拾い上げ、開栓して今度は確実に俺に握らせてくれた。 やっとの思いで水を飲むと、大竹がペットボトルを取ってくれた。 「情けないよ……」 俺はそう呟いて苦笑いし、下を向いた。 「医者には無理だって言われてたんだろ?」 大阪の主治医には、証人尋問への出廷は反対だと言われていた。 「全く何も話せなかったわけじゃないんだろ?」 宣誓書を読み上げた後の記憶が混乱している。 色んな話が頭の中を回る。 「…九条先生に証人尋問される内容を予測して貰って、練習したはずなのに……」 上手く答えなくてもいいし、答えられないことは答えられないと言えばいいと教えて貰っていた。 多少意地悪な質問も向こうの弁護側から投げられるとわかっていた。 だけど、質問どうこうじゃなく、身体があの場所を拒絶したんだ。 「何話したか…よく思い出せない…」 頭を抱えて地面に言葉を吐く。 「お前の発作はある意味、百聞は一見にしかず的な感じで見てくれるだろ。あんまり追い込むな」 大竹が隣に座る。 「墨君!」 呼ばれて顔を上げる。 小走りでやって来たのは九条先生だった。 「体調はどう?無理をさせてすまなかった」 「いえ、もう落ち着きました。すみません…」 俺の発作で途中退出はあったものの、裁判はそのまま続いているはずなのに、随分早い登場だった。 「あの、裁判は…?」 「あぁ、今休廷に入ったよ。時間も長かったし、被告人の疲れも見えていたようだから」 「…そうですか」 「墨君の発作に、被告人は動揺したようだったよ」 「動揺?」 「僕にはそう見えた」 俺は遮蔽があった為、萩山麗美を直接は見ていない。 「あの…」 「うん?」 「証人尋問はやり直しになるんでしょうか?」 「いや、もう、止めた方がいい。検察側弁護側からの受け答えはほぼ出来ていたから、召喚されることはないと思う」 「…」 ホッとしたような、そうじゃないような複雑な気持ちだった。 答えるのに精一杯で気持ちを何一つ伝えられていなかったからだ。 「よく頑張ったよ。後は検察官に…僕達を頼ったらいい」 人に頼ってばかりだ。 俺は闘えなかった。
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