8. 四苦八苦

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子供が俺との子ではないかと言う話は、週刊紙等で憶測が広がっていた。 俺の事件は裁判で公になり、計算すれば子供が俺との子である可能性があることは誰もがわかることだった。 ただ、その事実を知る者が誰一人事実を話さないでいてくれたことで、ギリギリのラインを保っていた。 そして、萩山悟が一貫して、萩山麗美と自分との子であるとの主張を続けていた。 その為、タブロイド紙だけの報道に留まっていてくれていた。 これらのことを考慮し、民事での訴訟は断念した。 九条先生に入って貰って、取り決めをしっかり交わし、示談することが、誰でもない自分の将来の為になると思ったからだ。 子供が誕生した以上、これからの人生を考えた時、これは公にしていいことでもない。 父親だとは認めたくはないけれど、生物上父親と確定している俺が、唯一、その子の為にしたことは、事実を公にしないこと。 この犯罪の絡んだ複雑な出生を公にしなかったこと。 東京から大阪へ戻った俺は、またいつもの日常に戻った。 ある日の出勤日に、従業員出入り口に待ち伏せをしている人物が居た。 「なんで連絡してこうへんねん!?」 藤木さんだった。 彼の顔を見て、連絡しようとしていたことを思い出す。 「ごめん!すっかり忘れてました…」 「どんな頭やねん…。俺、めっちゃ待ってたんやで!?1ヶ月以上も!!」 「ごめん!ごめんなさい!」 迫られて謝る。 藤木さんとやり取りをしていると、同じく遅番の森野さんが出勤してきて出くわした。 森野さんは俺と藤木さんを見ると、意味ありげににやける。 「こんなとこでイチャイチャするなや」 森野さんは嬉しそうに俺らに言った。 イチャイチャしてるわけではない。 「ごめんごめん、邪魔して悪かったな」 弁解できないまま、森野さんは中へ入って行った。 恐ろしい誤解をしている。 溜め息混じりに藤木さんを見たが、彼は何も気にしてない様子だった。 「アンタ、いつ仕事終わるん?」 「え~…1時半くらいですね」 俺の回答に驚く藤木さん。 「そんなに待てへんわ」 そりゃそうだろう。 こんなに必死に、この人は何を伝えてくれようとしてるんだろう。 「わかった!今晩起きとくから、仕事終わったら連絡してこい」 藤木さんに強く言われ、思わず何度も頷いた。 「約束やで!」 「はい」
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