8. 四苦八苦

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仕事を終えると、いつもより疲れているのか、夜食を買う気力もなく家路を歩いた。 商店街を通る帰り道は止めて、一本中道を歩いた。 薄暗くて、月が綺麗に見えた。 「特殊か……」 ポツリと呟く。 森野さんは完全に勘違いしているけれど、 俺が特殊なのは間違いない。 きっとこの先、誰かを愛するなんてことはない。 結婚もしない。 月の優しい光が、なぜか涙腺を刺激する。 真白以上に想える女性なんて、いるはずがない。 翌日、いつも通り出勤した。 従業員出入り口に、人影。 ループ? 昨日と一緒の人影に連絡していなかったことを思い出す。 「あっ!おまえっっっ!!」 勢いよくやって来て確保された俺。 「ふ、藤木さん昨日は―」 「昨日仕事終わったら連絡する言うたよな!?約束したよな!?」 物凄い至近距離で責められる。 全面的に俺が悪い。 「ごめん!ごめんなさいっ!ちょっと昨日は疲れててすっかり忘れてました」 「俺かて疲れてますぅ!そやけど待ってたんや!!明け方までっ!!」 「明け方…」 随分真面目な… いや、ホントに申し訳ない。 「申し訳ないです!すみません!」 平謝りの俺に、舌打ちをした藤木さんは、ポケットから何かを出す。 咄嗟に構える俺。 「番号」 出したのはスマホだった。 「えっ?」 「携帯番号教えて」 「あっ、はい…」 何の抵抗もなく、なぜか素直に教えてしまう。 スマホを出して番号を見せていると、また森野さんが出勤して来た。 「おっ!またかっ」 俺らを見つけて嬉しそうな表情。 「番号交換まだやったんやぁ~」 ニヤニヤしながら、店に入って行く。 完全に誤解してる。 「よし、これで連絡出来るわ。俺、今日は仕事の合間抜けてきたんや!」 森野さんのことは眼中に入ってないのか、どこまでもマイペースな藤木さん。 「えっ、そうなんですか?」 「ほな、今晩連絡するからっ」 藤木さんはそう言って走り去って行った。 彼は一体、こんな一生懸命俺に何を伝えようとしてくれているんだろうか?
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