8. 四苦八苦

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俺は言われた通り、店を後にした。 外に出て商店街に入ると、金曜日の夕方ともあって、人で溢れていた。 あまりの人の多さに怯み、路上の端で立ち止まる。 またくるかもしれないと思った。 発作が来そうな感覚を、感じれるようになっていた。 商店街に背を向け、とにかく大通りの方へと急いだ。 大通りも人は多い。 早足で人を避けて歩いた。 それでも人が居ない場所なんかなくて、道頓堀川の橋の上で立ち止まり、とにかく先の景色を見た。 目の前に人が居ない分、幾分か呼吸が楽になる。 暫くそうして、落ち着いたら下を見て水面を眺めた。 普通じゃない。 “ここはアンタの居る場所ちゃうで” ふいに思い出した藤木さんの言葉。 俺はスマホをポケットから出して、藤木さんに電話をする。 彼が伝えたかったことって… 『もしもし?』 何度かのコールで藤木さんの声。 「…墨です」 『おう!ちょっと待ってや』 そう言うと、彼は電話の向こうで誰かと会話をして、間もなく戻ってきた。 『お待たせ』 「いえ、お忙しい時にすみません」 『いや、べつにええよ』 藤木さんの声は、なぜか安心した。 大して彼を知ってるわけでもないのに。 「あの…話って…」 『あぁ、そや。会って話そか?いつなら空いてる?』 「店のことですか?」 気持ちが競って聞いてしまう。 『なんや、なんかあった?』 「いや、ちょっと……」 全て話そうか一瞬迷った。 『あそこの店、いい噂聞かへんねん』 「噂って…」 『オーナーが風俗関係の店、何店舗も持ってる人で、美容系の店もやってはるんやけど…なんかトラブルが多いみたいでな』 「トラブル?」 『いや、噂なんやけど。女の子、店で気分よう働かせる為に、そのヘアサロンに好みそうな男置いてるんやって。ストレスの捌け口にさせて、コントロールさせてる言うて…』 藤木さんの話で、全てが繋がった気がした。 溜め息しか出ない。 『大丈夫か?』 「…あっ、うん、いや…はい」 『大体、墨恭一郎ほどの腕前で、何であの店やねん!もっとあったやろ?いい店が』 そう言われても、土地勘もなければ何もわからないまま来てしまっていた。 一からはじめるつもりで来た。 でも、まさかのまさか。 『とにかく、何でもええから早く辞めてしまい』 「そうですね…」 『相談やったらのるし!』 「藤木さん、めっちゃいい人ですね」 思わず苦笑い。 『アホか。大阪人は世話焼きなんや。みんな親切やねん。やけど、たまに変なんおる。東京もそうやろ?』 確かに。 「…俺、変なのの引きが強いんですよね」 橋のアーチに肘を着く。 片手はスマホ、片手は額に当てた。 『人生悪いことも良いことある。大丈夫や。一発目がハズレやっただけや』 そう笑い飛ばしてくれた。 藤木さんはまだ仕事中みたいで、また電話をする約束をして電話を切った。
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