8. 四苦八苦

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電話を切った後も、暫く水面を眺めていた。 ボーッとしていたけれど、水面に映る月を見て、気持ちが落ち着いてきた。 明日、店長に辞めたいと申し出ようと思った。 本来なら簡単に仕事を辞めるべきではない。 だけど、今回の事情はちょっと違うと思った。 次は、藤木さんに相談して、ある程度自分でもしっかり調べて…そんなことを考えて閉店ギリギリの本屋に駆け込み、求人雑誌と地元情報誌を数冊購入した。 地元情報誌にも載っている店は安心材料の一つ。 土地を知るにもいいと思った。 スマホの求人は手軽だけど、求人雑誌と見比べてみようと思った。 ハローワークに行くのもいいかもしれない。 そんなことを考えながら寮に戻ると、寮のマンションの前にまさかの人が待ち伏せをしていた。 田村怜奈だ。 驚いたけど、顔には出さなかった。 「おかえり」 俺を見つけて彼女はそう言った。 「…どうされました?」 色々迷ったものの、とりあえずそう聞いてみた。 「寮がここやって、教えて貰ってん」 誰に? オーナー? そんなこと許されるのか? 「部屋番号まではわからへんかったから、もう家に戻ってたらどうしよかと思っててん」 真っ直ぐ戻れば良かったと後悔した。 「なぁ、オーナーに叱られたぁ?」 近付いてきて上目遣いで問い掛けられた。 「怜奈さん、今日は出勤じゃないんですか?」 答えずに問い掛けた。 彼女はへアセットもしていなくて、普段着っぽい。 「今日、セットに行ったら、墨君早退したって聞いたから、ズル休みしてん」 意味がわからない。 彼女からほのかに香る甘い香水の香りと、アルコールの香り。 苦手だ。 「私、先週オーナーに墨君のこと言っちゃったから、墨君、キツくされたんかなって思ったんや」 腕に触れられて思わず振り払った。 「何!?その態度」 彼女が少し苛立ったのがわかった。 「田村さん、申し訳ないですけど、プライベートのお付き合いは一切お断りします」 「なんで?」 ガッツがすごい。 「私、そんな風に突き放されたことないから、余計に夢中になるわ」 ドSなのかドMなのかわからない。 どちらにしても、関わりたくない。 「これ以上付きまとうようであれば、警察呼びますよ?」 「そんなこと出来ひんやろ?オーナーに言われたこと忘れたん?」 「あの店はもう辞めるんで…」 俺はそう言って彼女をそのままにして、寮のエントランスを潜ろうとした。 「逃げるん!?」 どうとでも言えばいい。 無視をした。 「私、知ってるねんで。萩山麗美の被害男性って、アンタやろ?」
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