ケンちゃんとわたし

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ケンちゃんとわたし

「ヒモ飴ちょうだい!」 ケンちゃんの元気な声が静かな路地裏に大げさに響き渡る。 気持ち良さそうに寝ていた猫がびっくりしてどこかへ逃げてしまった。 あたりは真っ暗闇で時計の針は深夜2時を示していた。 ここは、駄菓子屋さん。 でも少し変わった駄菓子屋さんなのだ。 遠くに見える住宅街からは、暖かい招きの明かりの他に、お迎えを導く白くてか細い迎え火が微かにゆらゆらと揺れていた。そんな風景を眺めていると、次第に遠くの方からこちらに向かって少しずつお線香の香りがやってきた。 今年も白装束を着た山田家ご先祖様団体が駄菓子屋さんの前を横断する。 私はあることに気づき、一人の山田さんに声をかける。 「えーと後ろから三番目の山田さん、また三角頭巾つけ忘れてますよ。」 「あーら、また忘れてきたわ。毎年ありがとね。言ってくれんと気づかんわ。」 「いえいえ、あの、前から二列目の山田さん、刀持ってますけど、何する気ですか…?」 「あー、なんか枕元に立って脅かしてやるんだって、いい年してなにやってんだか。」 なんてことを話していると、ケンちゃんがこちらに向かって、忙しなく走って来る。そして、得意のケンちゃんスマイルを浮かべながら、嬉しそうに山田さんに話しかける。 「山田のおばあちゃん!久しぶり!」 「あら、ケンちゃんほんとヒモ飴ほんと好きだね。今年は帰らないのかい?」 「母ちゃんに初めて買ってもらったお菓子だからな!このブルーハワイ味が一番好き!でも今年もお迎えが来ないから帰れないんだ。」 「そうかい、かわいそうに…あたしたちは先に行ってるからね、それじゃあ良いお盆を。」 そういって、山田家ご先祖様団体は帰る場所へとゆらゆら向かっていった。 やがて灯火のように消えゆくまで見送った後、会話が途中のまま、半分ほっぱらかしにしていたケンちゃんにすぐさま話題を振り直す。 「ごめんごめんヒモ飴ね。あ、ケンちゃん、ケンちゃん。こっちの飴はなんと、あたり付きだよ。」 「え!じゃあそっちも買う!」 「そんな食べたら虫歯になっちゃうね。」 「じゃあやめとく!」 「他の子に買われちゃっても知らないよ。」 「じゃあ買う!」 「どっちよ!はい、20円ね。」 「これあたり出たらもう一個?」 「今日は特別2個プレゼント。」 「うおおぉあたれエェッ!!」 「ケンちゃんうるさい。」 これだけ大声を出しても、 誰にも怒られないし、早く寝なさい!と鬼のような顔で叱られる事もない。 何故ならこの駄菓子屋さんは、 幽霊専用の駄菓子屋さんなのだ。 お盆の時期にしか開かない特別な駄菓子屋さんなのだ。 そう、特別な…。 このケンちゃんは、 毎年大好きなヒモ飴を買いにやってくるいわゆる常連さん。 元気いっぱいで普通の男の子。 もちろん幽霊だけど。 「ケンちゃん、今年もお迎えこないの?」 「うん、お迎えこないから帰れないの。帰るおうちもわかんない。でもいいの!おうちに帰ったら早く寝なさいって怒られるから、ここには来れないもん。」 「ケンちゃんのママはきっとケンちゃんのこと今もずっと大好きだよ。」 「でもお迎えはこないよ、それはどうして?僕の事忘れちゃったから…?」 「ううん、違うよ。ケンちゃんが喜んでくれるように、おうちでヒモ飴沢山用意してる最中なんだよ。ただちょっと時間がかかってるだけ。」 「えー!すごい楽しみ!早くお迎えこないかなぁ!」 「そうだ。ケンちゃん、これあげる。」 「これ…特大ヒモ飴…!しかもブルーハワイ!しかも二個!いいの!?」 「お姉さんは太っ腹なのだ。」 「太ってるの?デブだ!デブ!」 「やかましい。」 いつから始まったのか、こうして毎年、当たり前のようにケンちゃんと過ごすこの限られた不思議な不思議な時間が私は好きだった。 ケンちゃんのママは、ケンちゃんを愛していなかったのだろうか。 ふとケンちゃんの姿を見て、そこに感情移入を始めてしまう。 ケンちゃんは時々寂しそうにヒモ飴を舐めていた。 ケンちゃんはママから初めて買ってもらったものだからといって美味しそうに美味しそうにそれを食べるのだ。 そんなケンちゃんの姿をなんとなく見つめていたら、ケンちゃんの大きな声が私の鼓膜を激しく刺激する。 「うわああああ!!!はずれたアアァァ!うわー!!!」 「ケンちゃんうるさい。」 どうやらあたり付きの飴の結果は惨敗だったそう。 悔しそうに私のあげた特大ヒモ飴を舐めながら雄叫びをあげている。 「いいじゃんはずれでも。」 「なんで?」 「だってまた来年も挑戦できるでしょ?それってちょっと楽しみじゃない?来年も挑戦してくれるかなぁ?」 「いいともー!」 気づけば時計の針は深夜3時を回り、 少しずつ朝を告げる温かい色が空の下から滲み出てくる。 遠くでは、もう明かりがついている家、まだ迎え火の白い煙の残骸がゆらゆらと空に向かって揺れている様が見えた。 その無数の迎え火の小さな煙が、街を包み込むように蜃気楼のように広がっていく。 ケンちゃんはそれを、どこか寂しそうな顔でじっと見つめていた。 私はケンちゃんにそっと声をかけた。 「さ、そろそろ閉店しようかな。ケンちゃん、うちにおいで。」 優しく声をかけるも、何故かケンちゃんはさきほどの賑やかな様子とは違い、ただ、静かに黙り込み、じっと下を見て、うつむいていた。 「どうしたの?ヒモ飴の食べ過ぎでお腹でも壊したか?」 「…探す。」 「は?」 「母ちゃんを探すよ!迎えが来ないなら会いに行けばいいんだ!」 「でも、自分のママも、帰る家も行き場所も全く分からないんじゃ…」 と言いかけたところで、 私は言葉を詰まらせた。 一瞬悩みながも、そのケンちゃんのまっすぐな嘘のない真剣な眼差しを見て、私も大きな決断をした。 「よし、わかった。ケンちゃんのママを一緒に探そう。私がケンちゃんのママに会わせてあげる。」 「ほ、ほんとに…?一緒に探してくれるの?」 「でも、一生懸命頑張って探さないと見つからないかもしれない。もしかしたら間に合わないかも…しれない。お盆が終わるのは16日、16日までにママを見つけないと間に合わないの。ママを見つけるには、ケンちゃんの強い気持ちが必要なの。」 「絶対見つけるよ、いつまでも待ってられない、男は一度決めたら二言はない!見つけてやるぞおぉっ!!!うおぉおっ!!待ってろよ!母ちゃん!」 「よく言った!よし、なら行くよ。」 「え?どっどこに?」 「まずは住宅街を歩いてみよう、何か思い出すかもしれないし、一番効率がいいからね。」 「よし!わかった!!」 「…絶対に見つけようね。」 後戻りのできない事を言ったのかもしれない、罪悪感がよぎるも、目の前にいるたった一人の少年の母親を、探し見つけ出すために、二人だけの大きな賭けが始まろうとしていた。 あてもない、行き先も決まっていない、一切の手がかり無し。 それでもいい、やってやろうじゃないかと、不安は気づけば決心へと変わっていた。 誰も知らない夏の日、誰も知らないたった二人の短い物語。 誰も知らない少年ケンちゃんとの不思議な不思議な冒険が始まった。
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