ケンちゃんとわたし

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探索を始めて、少し歩き出してみるも、まるで違う世界に来てしまったのではないかと思うほどに、夏の夜は恐ろしく静かだった。商店街の奥へ奥へと歩いていると、ケンちゃんの足が止まった。どうやらケンちゃんが何かを発見したようだった。そして立ち止まった足を少しばたつかせながら、楽しそうに、そして少し興奮した様子を見せながら私に話しかけて来た。 「お姉さん!こっちに道があるよ!この道、商店街から離れるように伸びてるね。それに商店街の道とは少し違う気がするけど、この道は一体どこに続いてるのかな?」 目はすでに暗闇には慣れてはいたが、ケンちゃんが言うその脇道は、商店街から離れるようにして長く一本に伸びており、電灯も無いため、一段と暗闇に包まれていた。よくよく見つめてみると、その脇道はアスファルトで作られた現代的な道ではなく、例えるなら農道のように細長く、人工的な舗装がされていないものだった。どこかには繋がっているようだが、その道の先は見えず、商店街から外れる形で、それは真っ直ぐ先にある林の奥へ奥へと続いていた。 ケンちゃんはその脇道がひどく気になるようで、繋いだ手をぐいぐい引っ張り、間接的に行って見たい、行こう。と伝えてきた。 「え、ほんとに行くの?どこまで行くか分かんないんだよ、戻ってこれなかったらどうするの?」 「一人なら怖くて行けないけど、でもお姉さんがいるから大丈夫!何かわかるかもしれないし、行って見てみないと分からないことだってあるんだよ、ほら、朝までまだまだ時間があるから行こう!お姉さん!早く早く!」 ケンちゃんが興味津々で私を林の奥の未知の世界へ誘いかける。 辺りは、歩いている足音すらも目立つくらいに静寂が包み込んでいる。 しかし、その未知の世界は案外早く終わりを告げたのだった。 林を抜けた先には、長年手入れがされていなかったのだろう。ひどく古びた神社があった。当初はとても綺麗な赤色だったであろう存在感のある鳥居には無数のコケや、雑草が絡みつき、その先には今にも崩れ落ちそうな小さな社がポツンと寂しげに建っていた。二体の狛犬が凛々しくも、儚げに今もそこに域としており、まるでこの場所のみ、時間が止まったままのようだった。 「道の先には、神社があったんだね。」 「でもまあ、これをみる限り随分と誰もきてないみたいだね、昔はすごく立派な神社だったのかな。」 そう呟くと、ケンちゃんが急に真剣な顔つきになり、静かにはっきりとした口調でこう言った。 「お姉さん、僕この神社もしかしたら知ってるかもしれない。」 真剣な眼差しを向け、先ほどとはまるで全く違う、別の雰囲気を醸し出すケンちゃんの姿を見て、私は変に緊張するも、それよりも興味と驚きが勝ったため、自然に早々と口元が動きだす。 「えっ!?そっそれほんと?ほんとなの!?」 「うん。お姉さんが初めて来た住宅街を、まるで前からそこに住んでいたかのように知ってたみたいに、僕もなんだかこの神社、すごく来たことあるような気がするんだ。でもなんでだろう。僕にとって、凄く大切な事がここにはある気がするんだ…」 「そっか、また何か思い出せそう?」 「わかんない…あーあ。僕の頭の中にも映像が流れて来たらいいのにね、そしたらすぐ思い出せそうだし、でも残念ながら、お姉さんみたいにビビッとはこないよ…。でもなんとなくなんだけど、僕…ここで何かをしてた気がする…。何かを…埋めた?」 「なっ何かを埋めた…?埋めた…か、神社に埋めるもの?埋めるもの…あ!もしかしてタイムカプセルとか!?」 「まだ何か思い出せそうな気がする…ごめんね。ちょっとだけ待ってて。」 そう言うと、ケンちゃんは静かに目を閉じその場で黙り込んでしまった。そうし始めてから少し経つと、静かに黙り込んでいたケンちゃんがはっと目を開き、あっ!と声を漏らした。 「お姉さん!僕、思い出したんだよ…!頭の中にふっと浮かび上がって来たんだ!この神社には、たった一本だけ色の違う木があって、僕はその下に何かを埋めてた。きっとあるはずだ…お姉さん、お願い!その木を一緒に探して欲しいんだ!」 「もちろん!絶対見つけよう。そこに埋まったものが何か分かれば、きっと凄く心強い大きな手がかりになるかもしれない。」 そしてしばらくそれらしい場所を捜索していると、やはり一本だけ色の違う木を発見した。すぐさまケンちゃんがその木に駆け寄り、木の下の土を順番に掘り出していく。 ある程度の深さまで掘り起こし、慎重に土をかき分けていくと、そこには年季の入った小さめの土だらけの透明なビンが出てきた。 そのビンの中には紙のようなものが二枚ほど入っているのも確認できた。 ビンを慎重にを土の中から掘り起こし、錆びついたビンの蓋をめいいっぱいに捻ってみると、ビンの中の止まった時間が再び動き出した。 「これが、ケンちゃんが言ってた埋めたものの正体なんだと思うけど、どうやら中身は手紙みたいだね。かなり時間が経ってるみたいだし、上手く文字が読み取れるか分からないけど、手紙が二枚あるってことは、誰かと一緒に書いて埋めたのかな。」 「本当にここに埋まってたんだ…なんだかちょっと怖いけど、僕、この手紙開けて読んでみるね。」 ケンちゃんは恐る恐る一枚の手紙を震える手で開いてみせた。 その手紙にはこう書かれていた。 「この手紙を読んでいると言うことは、僕は18歳になって高校を卒業するのですね。今もカズマくんと仲良くしていますか?大好きなヒモ飴は今も変わらず食べていますか?僕はヒモ飴を食べながらこの手紙を書きました。カズマくんが虫歯になるぞ虫歯になるぞってうるさくて、まるで母ちゃんみたい。カズマくんと一緒に10年後の自分たちに手紙を書いて、出来上がったタイムカプセルを高校を卒業する時に一緒に開けて読もうと約束しました。隣のカズマくんが何を書いてるか、ずっとずっと気になりながら書いていました。カズマくんは何を書いていたのかな、僕は何を書いたらいいかわからないので、とりあえず最後に一言だけ書いて終わります。 卒業おめでとうございます。 8歳のケンタより」 この文章を読み終わったところで、私はある事に気付いた。 この手紙の文中に登場する、「カズマ」という名前が、商店街で豆腐を買い求めに来たあの少年と同じ名前だとと言う事に。 あの青年は容姿や身なりからすると、高校生くらいに見えたのだが、もしそうなれば、いつくかの共通点が重なる事から、もしかするとあの青年がこの手紙に登場する「カズマくん」なのではないかと思ったのだ。 この手紙が本当にケンちゃんが書いたものならば、ケンちゃんの本名はケンタになるのだろうか。この手紙はずっとケンちゃんを待っていたのだろうか。 ケンちゃんも手紙を読み終わったようで、少し黙り込んで考える素振りをした後、こう言った。 「僕ね、思ったんだ。おばあちゃんが言ってたケンちゃんって、もしかしたら僕の事なのかなって…だからコハルさんって人がもしかしたら僕の母ちゃんなのかなって思ったんだ。でもジャージのお兄ちゃんは、コハルさんにはもう会えないんだって言ってた。じゃあコハルさんは一体どこに行ってしまったんだろう…。うーん!考える事がいっぱいで混乱しそうだよ〜!でも、この手紙はきっと僕が書いたんだなって思うよ。」 「私もそんな気がする。この手紙は立派な記憶の証拠になるよ!きっとコハルさんって人を探し出せたら一番早いと思うんだけど、やっぱりそう簡単にはいかなさそうだね…あと気になったのが、このタイムカプセル。10年後の自分たちに向けて一緒に書いた手紙を同じビンに詰めて、そしてまた10年後に一緒に開けようって約束までしてるのに、結局このタイムカプセルは掘り起こされてなかったんだよね。どうしてなんだろう、まさか忘れるわけないと思うし…ねえ、ケンちゃん。この文章に登場するカズマくんについて何か思い出せる事は出来そう?」 「うーん…ごめんね、今すぐには思い出せそうにないや。あ、でも今は無理でもきっといつか思い出せるから安心して!それじゃあ、もう一つの手紙も開けてみるね。」 「もう一つは…きっとカズマくんの手紙だね。」 そうして少しだが、震えの治った泥だらけの手で残りのもう一枚の手紙を開く。 そこにはこう書かれていた。 「18歳の俺へ。 ケンちゃんは相変わらず馬鹿みたいにヒモ飴食ってます、今も食ってたら注意して止めさせて下さい。虫歯になります。 ケンちゃんはドジで泣き虫だけど、優しいやつでいつも笑ってるとても良いやつです。これからもケンちゃんと仲良くしてやって下さい。ケンちゃんは最高の友達です。あと、学校帰りによく行ってた駄菓子屋は、今後新しくお豆腐屋に変わるらしいです。だから10年後の今はもう変わってるのかな。もしそうならば、ケンちゃんに沢山豆腐食わせて下さい。豆腐は健康にいいからな。大好きなヒモ飴が食べられなくなって残念がってるケンちゃんをそっと慰めてあげて下さい。ふんで、また一緒にあの広場で星空見ようなって誘ってやって下さい。長くなるからここまでで終わりにする。 卒業おめでとう、おわり。 神崎 数馬」 手紙を読み終えると、所々で散りばめられていた共通点が一気に繋がる事に気づいた。 この手紙の文中に登場する駄菓子屋は話の流れからすると現在はお豆腐屋に変わっているようだ。 つまり昼間立ち寄ったあのお豆腐屋の事なのだろう。 そして二人の関係性からすると、同じ小学校に通っており、二人はとても仲が良かった事が文章から伝わってくる。 そしてもう一つ、「あの広場」というのがどこの場所を指しているのかという事が新たな課題として浮き上がってきた。 「この数馬くんって子、よっぽどケンちゃんのこと、気にかけてくれてるみたいだね。この数馬くんって、もしかして昼間来ていたあの青年の事じゃないかなって思うんだ。コハルさんも誰なのか気になるし、知らない場所も新たに出て来たし、課題は山積みだけど、でも、数馬くんには心当たりがあるの。明日もう一度あのお豆腐屋に行って、あの青年を待ってみよう。」 「うん!わかった、この手紙は大事に持っとく事にする。僕、この数馬君にもう一度会ってみたい。会ったらありがとうっていいたいんだ。」 そうしてケンちゃんは大事に大事にその古びた手紙をズボンのポケットにしまい込んだ。 そして私たちは来た道を戻り、再びあの商店街へと歩き出した。 変わらず歩いていると、だんだんと二人の歩幅が合わなくなっていく。次第にケンちゃんの歩くスピードが遅くなっていくのが分かった。行きしのズンズン積極的に歩いていた時とは異なり、やけにふらふら左右に揺れながら歩いている。 私はきっとそうなんだろうなと思い、そっと静かにケンちゃんに声をかける。 「ケンちゃん、もしかして眠たいでしょ?」 「ねっ…眠たくなんかないよ、大丈夫、まだまだ探索するんだ…」 「ほら、また明日もあるんだから、今日はもう寝よう。おぶってあげるから。」 「まだ帰りたくないよ…まだ…」 そう一言呟くように声を漏らし、ケンちゃんは睡魔に勝てずにそのまま眠りについてしまった。私はその言葉に息苦しさを感じた。ケンちゃんはきっとこのまま駄菓子屋さんに帰らず、まだ遊びたいと言っているのだろうが、私には違う意味に聞こえた。 私たちには時間がない。どうかあの神社がケンちゃんにとって大きな記憶と母親発見に繋がる手かがりになるようにと願って、完全に寝落ちて、スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てるケンちゃんの幼く小さな身体を背負って私は再び足を動かし、神社を後にした。 そして、あの数馬という人物の正体を確かめるため、もう一度あのお豆腐屋さんに行って、あの青年が再び現れるのを待ってみる事にした。
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