放課後、教室にて

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 いつものように明梨たちと下校し自宅に着いた私は、荷物を置くと着替えもせずにベッドにもたれかかった。  いつからだろうか。学校から帰ってくるといつも疲れ切っていて、何もする気力が湧かないようになってしまった。  明梨たちのことは好きだし、一緒にふざけるのは楽しいはずなのに。私がしたことで友達が笑ってくれるのは、嬉しかったはずなのに。最近は特に疲れが酷い。クラスにいる時も息苦しく感じることがある。  ふと、今日の昼休みに見かけた先輩のことを思い出した。一人でいても全く気にしていないようだった。全く萎縮した様子のない、あの澄んだ瞳。一体どんな人なのだろう、と考えながら、のろのろと立ち上がり、着替えを始めた。  それから何日か経った日の放課後、友達何人かと連れ立って歩いていると、一人で別棟の図書館に入っていく人の姿を見つけた。 (あの時の先輩だ……!)  ちらっとしか見えなかったが、あの横顔。間違いないと思った。 「ごめん、図書館に用事あるんだった! ちょっと行ってくる」 「え? そうなの? なんの用事――」  明梨の返事もろくに聞かずに走り出していた。自分でも何故ここまで気が急いているのか、友達と離れてろくに行ったこともない図書館へわざわざ向かっているのか、よくわかっていなかった。ただ、あの先輩にまた会いたい。一目見たい。それしか考えていなかった。  図書館に入り、ざっと自習用机の並んだスペースを見て先輩がいないことを確認してから、一階の書架へと向かった。  ここには今まで入ったことがなかった。天井まである本棚がいくつも並んでいて、他の場所と比べて薄暗くなっていた。置いてある本も海外の古典文学や専門書が主で、私が偶に読むような、最近発売された日本の小説やライトノベルは二階にあるので、少し近寄り難かったのだ。しかし、先輩にはなんだかここが似合うような気がしたので、二階に上がる前にここに入ってみることにした。  きょろきょろしながら少しずつ進んでいくと、一番奥から数列目の棚に、先輩はいた。  本棚の間に立ち、本を吟味している先輩の表情はとても真剣で、初めて見た時と同じく独特の凛とした雰囲気を持っており、私はしばらく見惚れていた。数十秒位ただ立っていたような気がするが、実際どのくらいだったかは分からない。はっと気が付き、慌てて書架の外へと戻った。  先輩はどうやら本に夢中でこちらには気づいていないようだったが、変に思われていたらどうしよう、などと少し不安になりながら、とりあえず自習用の机に向かった。  鞄から数学の問題集を取り出し、今日出た課題を始める。しばらく問題を解き進めていたが、応用問題で行き詰まった。このまま考えていても解けそうにない。集中力も切れてしまったのか、だんだんと思考はあの先輩のことへと向かっていった。  これ以上今やろうとしても無駄だと諦めた私は、問題集を片付け、さっき先輩がいた本棚へ行ってみることにした。  あれからかなりの時間が経っていたので、先輩はいなくなっていた。先輩のいた辺りの本を見てみる。あの時先輩が手に取っていた本はどれだっただろうか。記憶を辿りつつ探していると、それらしい表紙の本を見つけた。 『ナイルに死す』アガサ・クリスティー。あらすじを読むと、どうやら推理小説のようだ。やや意外に思いつつ、借りて読んでみることにした。  その後の一週間、暇な時間はひたすらクリスティーの本を読んでいた。なんとなく避けていた海外文学だが思ったよりも読みやすく、なにより、先輩が好きなジャンルなのかもしれないというのが気になった。  家で一人ぼんやりしていた時間は、いつの間にか減っていた。
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